―…香織
廉君に呼ばれた気がして振り返る。
そこにいるはずのない人
そこにあるはずの無い姿を求めて視線を彷徨わせていると、村田さんが訝しげな顔で『どうかしましたか?』と聞いてきた。
曖昧に笑って誤魔化すと、促されるままに駅のプラットホームへと進み、勧められた待合の椅子に座った。
乗車予定の特急はあと5分ほどで到着すると、村田さんは事務的に説明をした。
彼は安田さんのように、気さくに話したり、ニッコリと微笑むことはしない。
ボディーガードといわれてもピンと来なかった安田さんとは違い、下手するとヤクザさんと間違われてしまいそうな雰囲気で、ちょっと怖い。
ふぅ…と、小さく溜息をつくと、数メートル先の自販機まで飲み物を買いに立ち上がり村田さんと距離を置いた。
そのまま悩むふりをして彼の視界から隠れる。
あたしを護る為だいうのは解るけれど、あの射るような視線でずっと見つめられていると、ただでさえ沈んでいる気分が更に暗くなる。
傍にいると息が詰まりそうだ。
どちらかというと運転をしていた小村さんのほうが話し易く、安田さんと雰囲気も似ていたせいか、好感をもてた。
せめて彼がいたら、この重苦しい空気を少しでも和ませることが出来たかもしれないのに…と、車中の会話を思い出しながらもう一つ溜息を吐いた。