「…廉、近いぞ」

紀之さんの声に頷きもう一度モニターを確認する。

香織の車の位置は渋滞で動けないのか、先ほどから暫く同じ場所に留まったままだった。

「この小路を抜けた先の交差点で足止めを喰らっているようだ。追いついたぞ」

「小路を出たら降りて走ります。紀之さんは渋滞に巻き込まれないよう…」

「もう遅い。後続の車がいて進むしかない。
この道は一方通行だし、車を寄せてやり過ごすだけのスペースも無い。
クソッ…このまま本線へ出たら俺は抜け出せなくなる。
追跡を考えるとこの車に戻るのはマズイ。何とか一人で彼女を連れ帰れ」

同じ考えだった僕は彼が言い終わる前に頷き、いつでも降りられる体制を整えていた。

小路を出ると、まるで津波にでもさらわれた様に車の波に呑まれたポルシェは、たちまち身動きが取れなくなる。

車を飛び出すと、ムッとした大気と刺すような暑さが僕を包んだ。

無駄に排出される有害ガスと熱が、アスファルトを焼き体感温度を上昇させる。

夏の日差しを一層強くする車の照り返しが視界を遮った。

眩しさに目を細めながら周囲に素早く視線を送り、見覚えのある車を探した。


アスファルトからの熱が大気を歪ませる。


少し先の交差点に、蜃気楼のように浮かび上がる黒塗りのベンツ。


駆け寄ろうとした僕は、飛び込んできた光景に愕然とした。


全身の血が凍りつき、世界から音が消える…


香織を乗せ別荘を出た車は確かにそこにあった…


トラックに側面から追突され横たわる無残な形で…