見慣れた天井を見ながら 車内で考えていたことが また思い出されたが 

突き上がってくる思いを押し込め 実咲の後姿に目を向けた

自慢の長い髪をバレッタで器用にまとめ 後れ毛が少しだけ肩に掛かっている 

いつも僕が手遊びに使う髪は 賢吾のために切らずにいるんだからと

不服そうに言うが断然長い方が似合ってると思う


実咲のどこが気に入って付き合いだしたんだろう

同じことに興味があったから? いや それだけじゃない 

僕の話をじっと聞いてくれるときの 目と表情が好ましかった

聞き上手であることは間違いなく 良いことも悪いことも 

全部ひっくるめて受け取ってくれた

へぇ……そうなんだ 面白いね と良いことはもちろん 

マイナスさえもプラスに捉えてしまう 

だけど今度のことはどうだろう 実咲に打ち明けたらどんな反応を示すのか

きっと彼女だって戸惑うに違いない



「お待たせ 食べよっか」



気持ちが闇に向きかけたが 実咲の声で明るい場所へと引き戻された




「明日から実家に帰るって言ってなかった?」


「うん 夕方の電車なの 今年は忙しいし三日くらいで戻ってくるつもり 

今夜は泊まってくよね」


「準備があるんだろう もう少ししたら帰るよ」


「荷物の準備なんてすぐだから大丈夫よ 賢吾 いま一人でいたくないでしょう

大事な人を見送ったあとって寂しいもの」



一人でいたくない……そのとおりだった

何も話したくない 黙っていたい 

それなのに そばに誰かの存在を感じていたかった





実咲の早い息遣いが 胸の下から聞こえていた

胸をさぐる手荒な刺激に顔を歪ませ 抑えきれない声が壁に跳ね返り 

僕の耳に届く

その声は満足しているのか そうでないのか 

彼女の声を感じ取ってやる余裕はなかった


上手く吐き出せない思いや 処理しきれない様々な出来事が頭を掠め

そのたびに 父親の見たくない部分が見え 聞きたくない言葉が聞こえて

きそうだった

親であると同時に 一個の人間であることはわかる わかるが 

それは僕にとっては 目に 耳にしたくない領域だった