目を開け窓の外を見ると いつの間にか日は高く上り 

春の海に光が注がれていた

こんな美しい光景を見ながら 僕はそのとき嫌なことを思い出していた


これまで何度も言われてきた ”賢吾君は一人っ子なのね” と……

そのたびに 僕はこう答えた ”いえ 妹がいます” 

大人たちは必ず聞き返す ”お父さんが再婚されてから生まれたお子さんね” 


僕の耳には入らないと思っているのだろう 大人のヒソヒソ話は案外大声で

話される

彼らは知らないのだろう 遊んでいる振りをしながら

僕が聞き耳をたてていたなんてこと


”賢吾君のお父さん 子どもができたから離婚したんじゃないの” 

僕は こう反論したものだ

”僕と妹は9歳離れているんです”


子どもができたから……この言葉が 決して良い表現でないのは子ども心にも

わかっていた

僕の反論に 大人たちは ”まぁ そうなの” と言うだけだったが……


和音おばさんの話によると 父と朋代さんが結婚して2年以上たってから

葉月が生まれている

葉月ができたから離婚して結婚したのではないとわかり 僕は何よりも

ホッとした

歳の離れた妹は 僕にとってそれほど可愛い存在だったのだ



新幹線の車内アナウンスが 到着時刻を告げる

携帯を取り出し 実咲に もうすぐ着くよとメールした





自宅に戻り着替えだけ済ませ すぐに実咲のマンションに向かった

出迎えてくれた彼女は 入るのはちょっと待ってねと 手に持った小皿から

塩をつまみ 僕の体にかけていった



「いいわよ さぁ 入って」


「高志おじさんが ありがとうって伝えてくれって」



預かった香典返しを渡しながら部屋に入ると 鼻孔を抜けるガーリックの

食をそそる香りに空腹の胃袋が刺激された

今朝は早かったこともあり 新幹線の中でコーヒーを飲んだだけだった

あまりにも考えなければならないことが多すぎて 空腹を感じることもなかった



「お昼頃着くかなと思って作ったんだけど パスタ食べる?」


「うん 朝から何も食べてないんだ 腹減ったぁ」



すぐに用意するからねと実咲がキッチンへと背を向けると 僕はフローリングの

床にゴロンと寝転がった