「やっぱり僕のために子どもを諦めかけたんじゃないか そんなの迷惑だ 

僕はそんなこと思わない 葉月だって可愛いよ」


「そうでしょう お義兄さんも同じことを朋ちゃんに言ったそうよ 

だから自分の子どもを生む決心をしたの

でもあなたには ずっと責任を感じていたみたい 私も朋ちゃんと同じ立場なら

同じように思ったでしょうね

葉月ちゃんを産んで良かった それは朋ちゃんの心の奥にあった

正直な気持ちだったと思うわ……

私が話せるのはここまで あとはあなたが自分で解決していかなくちゃ」



おばさんの口調は終始穏やかで 僕に考えを強制するものではなかったが 

父への不信感が晴れることがなく

小さい頃から信じていた事を覆された思いが強く残った


今まで僕の目に映っていた父の家族は 父に静かに寄り添う朋代さんがいて 

この頃生意気になったが まだまだ素直な葉月がいて 

いつも僕を歓迎してくれて……


それは僕を犠牲した家庭だったのか 

母をも欺いて築いた家庭だったのか


父や朋代さんの 自己の過ちの償いや許されないことへの贖罪が 

僕に向けられた眼差しであり あらゆる手助けだったのか……

僕への態度は そんな事情の上に成り立っていたのかと思うと 悲しみや怒りが

うねりとなって腹の中で渦巻いていた


けれど 桐原の祖父母の心遣いを思い返すと それは僕への哀れみだけでは

ないことは充分に感じ取れるのだった


心の均衡が危ういバランスで保たれている……

声を出せば叫びだしそうで けれど そんな自分を晒したくなくて 

気持ちを鎮めようと必死だった



「あの写真……ゆうすげの花 知ってる?」


「いえ……」


「一夜限りの花なのよ 賢吾君がもらったカメラで写した写真ですって」


「そう……それが何か?」


「人を好きになるのに理由なんてないわね ただ一途に思うだけ……

ゆうすげの花みたいね」



いきなり壁に掛けられた写真の話を始め 何を言いたかったのか 

そのときの僕にはわからなかったが おばさんの優しい物言いは 

僕の荒れそうな心の中を落ち着かせてくれた



「最後に聞いてもいい?」


「私に答えられることだったらね」


「お袋は……離婚するとき親父のそばに 朋代さんという存在があったと

知ってたのかな」


「いえ 知らなかったはずよ 知っていたら離婚の時期はもっと遅かったでしょうね」


「そうか そうだよね……いろいろありがとう 明日は始発で帰るよ 

早い時間だけど 高志おじさんに送ってもらってもいいかな」


「えぇ 大丈夫 私が必ず起こすから 今夜は早くやすみなさい」



和音おばさんは カチャリとドアの鍵をはずすと 静かに部屋を出て行った