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会社のビル、四対ヒルズビルの空き部屋を仮眠室として時々使っている。
週に一、二度、自宅に帰るのが面倒になった時に寝るだけなので、100平米ほどの小さな部屋だ。
結婚することによってここを使用する必要がなくなる、簡素で何の面白みもない部屋だが、お前がここで打ち合わせした方が落ち着くというのだから仕方ない。
どうせなら、会員制ホテルのスゥイートでも借りて落ち着いた方がと思っていたが、どうやらお前の中ではそれが無駄と思えるようだ。
打ち合わせの内容は、各営業マンとの指輪、ドレスのデザインに式のプランニング。
リビングのソファで寛ぐ隣にいるお前は、テーブルを挟んで対面して腰かける営業マンに真剣な眼差しを向けながら、熱心に頷き、緊張している面持だが、それはそれで俺は気分が良かった。
俺はただ、お前の髪の毛を時々撫でていればいい。
デザインなどにそもそも俺はあまり興味はない。
お前が望み、お前が考え、お前が決断した物ならなんだってかまわない。
「ねえ、聞いてる?」
だが、時々お前は俺に問う。
「あぁ……。……何?」
「だからぁ、カクテルドレスはどっちがいいかなぁって。ピンクのフリフリのか、赤のひらひらのか……」
「ふぅーん。お前は色が白いから赤い方がいんじゃね?」
「私も赤の方が写真映えがすると思います」
営業マンの笑顔はどうでもいいと思いながら、お前の顔を覗くと、
「……………」
どうやら、何がなんでもピンクにしたいようだ。
「じゃあ、ピンクで」
俺は営業マンに指示する。
「えっ、でもぉ、写真映えするなら赤も捨てがたいしぃ」
「じゃあ両方着たら?」
「でも時間的に5着だし。そのうちのカクテル2着だし」
「じゃ、ピンクの濃いめのにしたら?」
俺はもう一度ソファに大きく背を預け、お前の髪の毛を見つめながら言う。
「でも、ピンクはこれが一番よかったしぃ」
「……………」
「どれにしよ?」
かつて、お前がこんなに悩むことがあったのかと思うと、笑えてくる。
「何で笑うの?」
「いや、べぇつにぃ~~。……、まあ、俺はピンクが一番よく似合うと思うけど? 」
「さっき赤って言った」
「いや、色的にはそうかもしれねーけど、雰囲気が合致するのはそっちだなあと。今頭ん中で想像してそう思った。こっちだな、間違いねーなって」
「…………あそう………」
「どうなさいますか?」
営業マンは相変わらず笑顔だが、どうやらそれが邪魔なようだ。
「ちょっと悪い。一旦休憩……15分後に再開しよう」
「え?」
お前は俺の顔を、目をぱちくりさせながら見つめてくる。
「あっ、はい。かしこまりました。それでは……私は一旦お部屋から出させていただきますので、15分後を目安に戻ります」
俺は営業マンを排除するなり、お前を背後から抱きしめた。
「邪魔者がいなくなった」
「疲れた? ……昼からずっとだもんね、もう4時。ごめんね、なかなか決まらなくて」
1時からの打ち合わせは、指輪と式のプラン。ドレスは今日最後のシメだった。休みの日に営業マンに長々と邪魔されるのにもさすがに飽きているが、普段見られないお前の真剣な横顔を見られるのなら、それだけで十分か。
「この後は……、ちょっとこの部屋で休んでくか」
「やっ、休んでくって何!? 」
お前は大げさに反応して、俺の腕から逃げようとする。
婚約が決まった後も幾度もチャンスはあったが、やはり、結婚式の当日に結ばれたいと思っている俺としては、自分自身を押さえつけるように、そのチャンスを逃してきていた。
当然、それに対してのお前の反応も過敏になる。
「のんびりDVDでも見るかってことだよ」
しれっと言い切りながら、お前の髪の匂いを嗅ぐ。
「……、何の? 映画?」
「うーん、ここ、ビデオオンデマンド契約してねーからな」
「いいじゃん、普通のテレビで」
「お前がいいならいいけど?」
俺は、ぎゅっと抱きしめる。この柔らかで絶妙な肉厚の感触が好きだ。
シャンプーと整髪料の甘い香りが好きだ。
俺が抱きしめた上から、少し戸惑うように、自らの手を添えて来るお前の温かさが好きだ。
結婚がしたい。
早く、したい。
ドレスや指輪なんかどうでもいい。
今日からでも一緒に住みたい。
俺の者にしたい。
毎日、その温かさを感じていたい。
「良かった……、ほんとに」
俺は心の底から呟いた。
他の男に泣かされていた所に割り込んだ形になったものの、結局自らの思い通りになったし、お前も嬉しそうな顔をしてくれるし、親もそれに同じだし、世界が自分中心に円滑に幸せに回っていると思えるほど、喜びを感じていた。
「ほんとに?」
なのに、お前は不安そうな顔をする。
理不尽にも、俺の心に裏があるのではないかと読み解こうとする。
俺は、「バーカ」という一言を飲みこんで、お前の頭に手を置いた。
「嘘つくか。俺は仕事以外はお世辞も言わねーし、曖昧な言い回しもしねぇよ。お前もよく知ってるだろ。仮に今までの俺が嘘やお世辞がうまい男なら、どうだったか考えてみろよ」
「そうだね」
お前は即答する。
俺は笑ってお前から手を離した。そろそろ時間が来る。
「お前には寸分の嘘も言わねぇよ。だからドレスもピンクがいい」
お前は即ピンクのドレスに目を落とすと決断し、
「そうだね」
と、ようやく今日の打ち合わせの終わりを見せた。
会社のビル、四対ヒルズビルの空き部屋を仮眠室として時々使っている。
週に一、二度、自宅に帰るのが面倒になった時に寝るだけなので、100平米ほどの小さな部屋だ。
結婚することによってここを使用する必要がなくなる、簡素で何の面白みもない部屋だが、お前がここで打ち合わせした方が落ち着くというのだから仕方ない。
どうせなら、会員制ホテルのスゥイートでも借りて落ち着いた方がと思っていたが、どうやらお前の中ではそれが無駄と思えるようだ。
打ち合わせの内容は、各営業マンとの指輪、ドレスのデザインに式のプランニング。
リビングのソファで寛ぐ隣にいるお前は、テーブルを挟んで対面して腰かける営業マンに真剣な眼差しを向けながら、熱心に頷き、緊張している面持だが、それはそれで俺は気分が良かった。
俺はただ、お前の髪の毛を時々撫でていればいい。
デザインなどにそもそも俺はあまり興味はない。
お前が望み、お前が考え、お前が決断した物ならなんだってかまわない。
「ねえ、聞いてる?」
だが、時々お前は俺に問う。
「あぁ……。……何?」
「だからぁ、カクテルドレスはどっちがいいかなぁって。ピンクのフリフリのか、赤のひらひらのか……」
「ふぅーん。お前は色が白いから赤い方がいんじゃね?」
「私も赤の方が写真映えがすると思います」
営業マンの笑顔はどうでもいいと思いながら、お前の顔を覗くと、
「……………」
どうやら、何がなんでもピンクにしたいようだ。
「じゃあ、ピンクで」
俺は営業マンに指示する。
「えっ、でもぉ、写真映えするなら赤も捨てがたいしぃ」
「じゃあ両方着たら?」
「でも時間的に5着だし。そのうちのカクテル2着だし」
「じゃ、ピンクの濃いめのにしたら?」
俺はもう一度ソファに大きく背を預け、お前の髪の毛を見つめながら言う。
「でも、ピンクはこれが一番よかったしぃ」
「……………」
「どれにしよ?」
かつて、お前がこんなに悩むことがあったのかと思うと、笑えてくる。
「何で笑うの?」
「いや、べぇつにぃ~~。……、まあ、俺はピンクが一番よく似合うと思うけど? 」
「さっき赤って言った」
「いや、色的にはそうかもしれねーけど、雰囲気が合致するのはそっちだなあと。今頭ん中で想像してそう思った。こっちだな、間違いねーなって」
「…………あそう………」
「どうなさいますか?」
営業マンは相変わらず笑顔だが、どうやらそれが邪魔なようだ。
「ちょっと悪い。一旦休憩……15分後に再開しよう」
「え?」
お前は俺の顔を、目をぱちくりさせながら見つめてくる。
「あっ、はい。かしこまりました。それでは……私は一旦お部屋から出させていただきますので、15分後を目安に戻ります」
俺は営業マンを排除するなり、お前を背後から抱きしめた。
「邪魔者がいなくなった」
「疲れた? ……昼からずっとだもんね、もう4時。ごめんね、なかなか決まらなくて」
1時からの打ち合わせは、指輪と式のプラン。ドレスは今日最後のシメだった。休みの日に営業マンに長々と邪魔されるのにもさすがに飽きているが、普段見られないお前の真剣な横顔を見られるのなら、それだけで十分か。
「この後は……、ちょっとこの部屋で休んでくか」
「やっ、休んでくって何!? 」
お前は大げさに反応して、俺の腕から逃げようとする。
婚約が決まった後も幾度もチャンスはあったが、やはり、結婚式の当日に結ばれたいと思っている俺としては、自分自身を押さえつけるように、そのチャンスを逃してきていた。
当然、それに対してのお前の反応も過敏になる。
「のんびりDVDでも見るかってことだよ」
しれっと言い切りながら、お前の髪の匂いを嗅ぐ。
「……、何の? 映画?」
「うーん、ここ、ビデオオンデマンド契約してねーからな」
「いいじゃん、普通のテレビで」
「お前がいいならいいけど?」
俺は、ぎゅっと抱きしめる。この柔らかで絶妙な肉厚の感触が好きだ。
シャンプーと整髪料の甘い香りが好きだ。
俺が抱きしめた上から、少し戸惑うように、自らの手を添えて来るお前の温かさが好きだ。
結婚がしたい。
早く、したい。
ドレスや指輪なんかどうでもいい。
今日からでも一緒に住みたい。
俺の者にしたい。
毎日、その温かさを感じていたい。
「良かった……、ほんとに」
俺は心の底から呟いた。
他の男に泣かされていた所に割り込んだ形になったものの、結局自らの思い通りになったし、お前も嬉しそうな顔をしてくれるし、親もそれに同じだし、世界が自分中心に円滑に幸せに回っていると思えるほど、喜びを感じていた。
「ほんとに?」
なのに、お前は不安そうな顔をする。
理不尽にも、俺の心に裏があるのではないかと読み解こうとする。
俺は、「バーカ」という一言を飲みこんで、お前の頭に手を置いた。
「嘘つくか。俺は仕事以外はお世辞も言わねーし、曖昧な言い回しもしねぇよ。お前もよく知ってるだろ。仮に今までの俺が嘘やお世辞がうまい男なら、どうだったか考えてみろよ」
「そうだね」
お前は即答する。
俺は笑ってお前から手を離した。そろそろ時間が来る。
「お前には寸分の嘘も言わねぇよ。だからドレスもピンクがいい」
お前は即ピンクのドレスに目を落とすと決断し、
「そうだね」
と、ようやく今日の打ち合わせの終わりを見せた。