2月。海辺はとても寒く、波止場に停めた赤いフェラーリの中で、その小さな肩はとても温かく感じた。
いや、お前はいつも温かい。四対はそう思い直して柔らかな肩を抱き、両腕にすっぽり収める。
日本を代表し、世界にも名を馳せる四対財閥の社長、四対 樹(よつい いつき)は、その身体を手中に収めたことに満足しながら、軽く、目を閉じた。
お前は泣いている。
肩が震えているわけではない。
声が漏れているわけではない。
黙って、そこにいるだけなのに、泣いていることが分かる。
それくらい、俺たちはお互いのことをみてきた。
そうに違いない。
「何も考えるな、一切」
これが、俺に巡って来たチャンスなんだと強く自信を持って、腕に力を込める。
お前は一言もしゃべらないが、聞き入れてくれるに違いないと、確信を持つ。
「俺について来い。俺がお前を必ず、幸せにしてやる。
俺にしかできないんだよ、絶対」
思い切り、抱きしめて、離れないように、心の内をぶつける。
「俺は、俺の人生の中にお前を受け入れていきたい。
お前が苦しいと思うものは一切排除してやる。だから、俺と結婚しろ」
ずっと前から言おうと思っていたんだ。
だけど、お前がその気にならないかもしれないと諦めてたんだ。
それが、今は違う。
今なら、お前に気持ちが伝わる。
「お前が言いたいことは分かってる。
分かってるよ。だから、それをどうすればいいのかも分かってる。
俺を信じろ。お前はただ……」
「痛い……」
いいところで、身をよじって遮られる。
「話聞けよ!」
雰囲気が台無しになったことに、あからさまに怒りを露わにした。
「聞いてるよ! けど、腕が痛い!」
「悪い……」
一旦力を緩めて、手で腕をさすってやる。
「……結婚って……どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねーよ。するんだよ。俺と」
「……いきなり、突然……急に……」
「苦労はさせねーよ。泣かさない。俺はお前を絶対に泣かさない。裏切らない。信じて行く」
「…………」
泣かせた張本人のことを悪く言いたいのはやまやまだったが、それを言ってしまって、お前を余計悲しませるほど俺も子供じゃない。
「え……そういう慰め?」
「お前、ふっざけんなよ!? こっちは人生掛けて言ってんのに、何が慰めだ!」
「だって全然……あの。結婚っていうのは、好きな人同士がするもんなんだよ?」
「…………だから?」
俺はあえて聞いてやった。
「……だから……どうしたのかなって」
「お前、回りくどいな」
まあ、女っていうのはたいていそんなもんだけど。
俺は、均整がとれた見る者の心を奪ってしまう美顔をじっと見つめて、一言言ってやろうとする。
だが目が合った瞬間、お前の瞳が潤んでいることに気付いて息を飲んだ。
大きなアーモンド型の瞳がぱっちりと開き、潤ませながら、こちらを見つめている。白い肌には涙の筋がいくつもあり、赤々とした唇がへの字に曲がっていて、全てを投げ捨ててもいいと狂わせるほどの絶妙な色香と哀愁で包み込んでくる。
全てを腕の中に入れて、握り込んでしまいたいという気持ちだけが先走りそうだったが、どうにか堪え、
「好きだからに決まってんだろ」と、発した。
すぐに目を逸らされる。
「……えっ、そんなっ……どうしたの!? あ、そういう慰めか……」
「……慰めにしたいわけ?」
まだそんなことを言うつもりか、と呆れて溜息を吐いた。今更なかったことにするつもりはもちろんない。
お前にはもう、断るという選択肢はない。
「だって私、今さっきあの人と別れたばっかりなんだよ? それをいきなり、あのだって、全然分からないし」
「意味が?」
「うんそう」
お前はその通り、とでも言いたげに、頷く。
これは話しても埒が明かないな、と俺は強引にお前の顎を手で持った。
「え……」
固まる、大きな瞳。
「身体で教えなきゃ、分かんねーのかよ……」
ここまで面倒な流れになるとは思いもしなかったので、若干腹正しく思いながらも、口づける。
「…………」
もちろん、優しく、触れるだけ。
「分かってんだろうが。認めろよ。そんで、俺と結婚しろ。それしかお前の道は残ってねえ」
言い切ってやると反論してくるに違いないが、ここは言い切ることが重要だと判断した。
「そんな、全然……」
ほら、きた。
「年取る前に結婚したいと思ってんだろ。もう俺で手打っとけ」
次に、責める角度を変えてやる。
「いや、年とか関係ないんだけどね!」
「嘘つけ、周りどんどん結婚していってんだろうが」
「別に……」
お前はそっぽを向いて少し拗ねたが、それではきりがない。
「……俺はお前の想いを尊重する。約束する」
お前の顔が真剣になるのが分かる。それは、前の相手では叶わなかったことだと俺は知っているからだ。
「そんなの……普通だよ」
「あっそ。
まあ、言わなくても分かってると思うけど、俺は金にも困らせねーし、人間関係も最善を尽くす。嫌な奴は排除してやる」
「お姉さん怖いよ……」
いづれ言うかもしれないと思っていたが、一番に言われて笑ってしまった。
「俺が躾けるよ。だけどアイツは俺たちの人生の中で重要な役割を果たす時が来るから、無碍にはできねえ……分かるか?」
俺はお前の目を射抜くほど見つめた。
目の色で分かる。お前も理解してくれているようだ。
「どこまで本気なのか……分かんないけど」
「まあ、どうしても姉貴が嫌なら仕方ないさ。なんなら一生会わなくてもいいようにするし。
ただ俺はお前の味方だからな。お前の全てを俺が負う。
覚悟はできてる。お前の親にもきちんと説明できる。むしろ早くしたいね。正々堂々とお前を俺の家に入れたい」
「…………怖いよ……家が大きすぎて」
「もっと欲持てよ! でかい家になんて住もうと思っても住めねえぜ?」
「住居の大きさじゃなくてさ……」
「家柄のことだろ? 分かってるよ」
「…………」
周囲の女たちは富や名誉に群がってくる。が、お前はそんな人間じゃない。
「何も心配するな。俺がうまくやる。俺の方が若いから多分、寿命で考えると同じくらいの時期に死ねるだろうし。
お前は俺だけを見てればいい。やりたいことはやらせてやる。俺の仕事を手伝うのや、家に籠るのが嫌なら、仕事もすればいい」
「待ってよ、待ってよ。突然、すぎて……」
言われてみるとそうかもしれない。ずっと、良い友達を続けてきて、今フリーになったと知って、ここぞとばかりにプロポーズしたが、流れというものはできていなかったかもしれない。
「だけど考えるのを待つ気はねーよ。明日にでも親に会いに行く」
「えっ! ちょっと、ほんと、私、怖くて……」
初めて、お前が俺に触れてきた。腕の服を引っ張ってくる。少し、心を許した証拠か。
「何も怖がらなくていいんだよ」
俺はその白い頬に手で触れた。幾重にもなった涙の筋はまだ湿っている。
「俺が良くて、お前を選んだんだ。……ずっと前からだよ。出会ってから、ずっと」
優しく、抱きしめて、納得させていく。
「お前はずっと振り向かねぇ。だから、俺も諦めようと思って、他の女を試してみた。だけど、全部違うんだ。何してるか自分でもよく分からなくなって結局、お前に会いたくなって、電話してたんだよ」
「…………」
「気付いてなかっただろうな。おそらく」
「全っ然」
確かに、そんなそぶりを見せたつもりもない。
「まあ、とにかく。結婚だ」
俺は、身体を離し、お前の左手を取る。
「ちょっと待って。付き合ってもないのに……」
「お互いのこと分かってりゃいいだろ」
俺はお前の長い睫を見つめて言った。
「……分かってるのかな……」
あまりにも消極的で、さすがにイライラしてくる。
「結婚して、嫌なら離婚すればいいだろ」
「えーー!?!?」
頭が痛くなるほどの高い声に、
「うるせぇ!」
と、思わず反論した。
「そうやって相手見極めようとしたってできねーんだよ! 実際結婚しねーと分かんねーんだよ! いいだろ。すりゃ。離婚なんてするはずねーんだから」
「どっからくるの、その自信」
失礼にも、堂々と聞いてくる。
「さあ。気持ちに比例すんじゃね?」
「気持ち……」
納得しないと思った。
「お前を好きだっていう気持ちだよ、一々言わせんな!」
「好きなら何回でも言っていいじゃん! 何よ。嫌なら言わなくてもいいし。なんか私が悪いみたい」
あぁもうだるい。
「うぜぇ」
強引に口づけてやる。
抵抗のつもりか、胸を手で押してきたので、力任せに背中を抱いた。
「後悔したら、いつでも言え。俺が全責任とってやる」
いや、お前はいつも温かい。四対はそう思い直して柔らかな肩を抱き、両腕にすっぽり収める。
日本を代表し、世界にも名を馳せる四対財閥の社長、四対 樹(よつい いつき)は、その身体を手中に収めたことに満足しながら、軽く、目を閉じた。
お前は泣いている。
肩が震えているわけではない。
声が漏れているわけではない。
黙って、そこにいるだけなのに、泣いていることが分かる。
それくらい、俺たちはお互いのことをみてきた。
そうに違いない。
「何も考えるな、一切」
これが、俺に巡って来たチャンスなんだと強く自信を持って、腕に力を込める。
お前は一言もしゃべらないが、聞き入れてくれるに違いないと、確信を持つ。
「俺について来い。俺がお前を必ず、幸せにしてやる。
俺にしかできないんだよ、絶対」
思い切り、抱きしめて、離れないように、心の内をぶつける。
「俺は、俺の人生の中にお前を受け入れていきたい。
お前が苦しいと思うものは一切排除してやる。だから、俺と結婚しろ」
ずっと前から言おうと思っていたんだ。
だけど、お前がその気にならないかもしれないと諦めてたんだ。
それが、今は違う。
今なら、お前に気持ちが伝わる。
「お前が言いたいことは分かってる。
分かってるよ。だから、それをどうすればいいのかも分かってる。
俺を信じろ。お前はただ……」
「痛い……」
いいところで、身をよじって遮られる。
「話聞けよ!」
雰囲気が台無しになったことに、あからさまに怒りを露わにした。
「聞いてるよ! けど、腕が痛い!」
「悪い……」
一旦力を緩めて、手で腕をさすってやる。
「……結婚って……どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねーよ。するんだよ。俺と」
「……いきなり、突然……急に……」
「苦労はさせねーよ。泣かさない。俺はお前を絶対に泣かさない。裏切らない。信じて行く」
「…………」
泣かせた張本人のことを悪く言いたいのはやまやまだったが、それを言ってしまって、お前を余計悲しませるほど俺も子供じゃない。
「え……そういう慰め?」
「お前、ふっざけんなよ!? こっちは人生掛けて言ってんのに、何が慰めだ!」
「だって全然……あの。結婚っていうのは、好きな人同士がするもんなんだよ?」
「…………だから?」
俺はあえて聞いてやった。
「……だから……どうしたのかなって」
「お前、回りくどいな」
まあ、女っていうのはたいていそんなもんだけど。
俺は、均整がとれた見る者の心を奪ってしまう美顔をじっと見つめて、一言言ってやろうとする。
だが目が合った瞬間、お前の瞳が潤んでいることに気付いて息を飲んだ。
大きなアーモンド型の瞳がぱっちりと開き、潤ませながら、こちらを見つめている。白い肌には涙の筋がいくつもあり、赤々とした唇がへの字に曲がっていて、全てを投げ捨ててもいいと狂わせるほどの絶妙な色香と哀愁で包み込んでくる。
全てを腕の中に入れて、握り込んでしまいたいという気持ちだけが先走りそうだったが、どうにか堪え、
「好きだからに決まってんだろ」と、発した。
すぐに目を逸らされる。
「……えっ、そんなっ……どうしたの!? あ、そういう慰めか……」
「……慰めにしたいわけ?」
まだそんなことを言うつもりか、と呆れて溜息を吐いた。今更なかったことにするつもりはもちろんない。
お前にはもう、断るという選択肢はない。
「だって私、今さっきあの人と別れたばっかりなんだよ? それをいきなり、あのだって、全然分からないし」
「意味が?」
「うんそう」
お前はその通り、とでも言いたげに、頷く。
これは話しても埒が明かないな、と俺は強引にお前の顎を手で持った。
「え……」
固まる、大きな瞳。
「身体で教えなきゃ、分かんねーのかよ……」
ここまで面倒な流れになるとは思いもしなかったので、若干腹正しく思いながらも、口づける。
「…………」
もちろん、優しく、触れるだけ。
「分かってんだろうが。認めろよ。そんで、俺と結婚しろ。それしかお前の道は残ってねえ」
言い切ってやると反論してくるに違いないが、ここは言い切ることが重要だと判断した。
「そんな、全然……」
ほら、きた。
「年取る前に結婚したいと思ってんだろ。もう俺で手打っとけ」
次に、責める角度を変えてやる。
「いや、年とか関係ないんだけどね!」
「嘘つけ、周りどんどん結婚していってんだろうが」
「別に……」
お前はそっぽを向いて少し拗ねたが、それではきりがない。
「……俺はお前の想いを尊重する。約束する」
お前の顔が真剣になるのが分かる。それは、前の相手では叶わなかったことだと俺は知っているからだ。
「そんなの……普通だよ」
「あっそ。
まあ、言わなくても分かってると思うけど、俺は金にも困らせねーし、人間関係も最善を尽くす。嫌な奴は排除してやる」
「お姉さん怖いよ……」
いづれ言うかもしれないと思っていたが、一番に言われて笑ってしまった。
「俺が躾けるよ。だけどアイツは俺たちの人生の中で重要な役割を果たす時が来るから、無碍にはできねえ……分かるか?」
俺はお前の目を射抜くほど見つめた。
目の色で分かる。お前も理解してくれているようだ。
「どこまで本気なのか……分かんないけど」
「まあ、どうしても姉貴が嫌なら仕方ないさ。なんなら一生会わなくてもいいようにするし。
ただ俺はお前の味方だからな。お前の全てを俺が負う。
覚悟はできてる。お前の親にもきちんと説明できる。むしろ早くしたいね。正々堂々とお前を俺の家に入れたい」
「…………怖いよ……家が大きすぎて」
「もっと欲持てよ! でかい家になんて住もうと思っても住めねえぜ?」
「住居の大きさじゃなくてさ……」
「家柄のことだろ? 分かってるよ」
「…………」
周囲の女たちは富や名誉に群がってくる。が、お前はそんな人間じゃない。
「何も心配するな。俺がうまくやる。俺の方が若いから多分、寿命で考えると同じくらいの時期に死ねるだろうし。
お前は俺だけを見てればいい。やりたいことはやらせてやる。俺の仕事を手伝うのや、家に籠るのが嫌なら、仕事もすればいい」
「待ってよ、待ってよ。突然、すぎて……」
言われてみるとそうかもしれない。ずっと、良い友達を続けてきて、今フリーになったと知って、ここぞとばかりにプロポーズしたが、流れというものはできていなかったかもしれない。
「だけど考えるのを待つ気はねーよ。明日にでも親に会いに行く」
「えっ! ちょっと、ほんと、私、怖くて……」
初めて、お前が俺に触れてきた。腕の服を引っ張ってくる。少し、心を許した証拠か。
「何も怖がらなくていいんだよ」
俺はその白い頬に手で触れた。幾重にもなった涙の筋はまだ湿っている。
「俺が良くて、お前を選んだんだ。……ずっと前からだよ。出会ってから、ずっと」
優しく、抱きしめて、納得させていく。
「お前はずっと振り向かねぇ。だから、俺も諦めようと思って、他の女を試してみた。だけど、全部違うんだ。何してるか自分でもよく分からなくなって結局、お前に会いたくなって、電話してたんだよ」
「…………」
「気付いてなかっただろうな。おそらく」
「全っ然」
確かに、そんなそぶりを見せたつもりもない。
「まあ、とにかく。結婚だ」
俺は、身体を離し、お前の左手を取る。
「ちょっと待って。付き合ってもないのに……」
「お互いのこと分かってりゃいいだろ」
俺はお前の長い睫を見つめて言った。
「……分かってるのかな……」
あまりにも消極的で、さすがにイライラしてくる。
「結婚して、嫌なら離婚すればいいだろ」
「えーー!?!?」
頭が痛くなるほどの高い声に、
「うるせぇ!」
と、思わず反論した。
「そうやって相手見極めようとしたってできねーんだよ! 実際結婚しねーと分かんねーんだよ! いいだろ。すりゃ。離婚なんてするはずねーんだから」
「どっからくるの、その自信」
失礼にも、堂々と聞いてくる。
「さあ。気持ちに比例すんじゃね?」
「気持ち……」
納得しないと思った。
「お前を好きだっていう気持ちだよ、一々言わせんな!」
「好きなら何回でも言っていいじゃん! 何よ。嫌なら言わなくてもいいし。なんか私が悪いみたい」
あぁもうだるい。
「うぜぇ」
強引に口づけてやる。
抵抗のつもりか、胸を手で押してきたので、力任せに背中を抱いた。
「後悔したら、いつでも言え。俺が全責任とってやる」