羽をくれた君~side陸~【完】



「ありがとー・・・」


小さくそう言って笑った瞬間、奈緒の目から涙がこぼれた。

それを見て胸が熱くなる。


この笑顔が見たかったのかもしれない。


ネックレスを付けてほしいと頼まれ、俺の目の前に来て後ろを向く奈緒。

小柄な体に華奢な首筋。


こいつ本当に無防備だな・・・


振り向いた瞬間、俺と数センチの距離にいた奈緒は、顔を真っ赤にして驚いていた。


慌てふためく奈緒をカワイイと思った。



「ど、・・どぉ?」


「別に・・・いんじゃね?」



ネックレスはすげー似合っていた。


最初にこいつを見た時、暗くてさえない女だと思ってたのに。

なんかどんどん綺麗になってってる気がする。


恥ずかしそうに微笑む奈緒の腕を引っ張り、キスをした。




キスなんて他の女と何度もした。

何にも感じないまるで人形としてるかのようなキスだった。


なのにこいつとしたキスはなんでこうも暖かいんだ?

奈緒は目を丸くしている。


・・・ムードはないが。



「大丈夫か?」


「あっう、うん」


「動揺してんの??」


「してないよッ」


いや、絶対してんだろ。


体が石のように硬くなっている。

顔を近づけただけで更に真赤になる。


面白いヤツだ。



ピンポーン・・・



インターホンが鳴り響く。


これさえなければ俺は奈緒を押し倒していた。



ピンポンピンポンピンポーン!!!


こんなにしつこく鳴らしてくるやつは・・・


玄関を開けると広樹が立っていた。



広樹は俺の幼なじみで、こいつが乱華を辞めてからはたましか会っていない。

真面目に高校も行っているようだった。



「おーーーーーっす。おめーもっと早く開けろよ!」


昔と変わらない屈託のない笑顔でそう言い、俺を押しのけて部屋へ入ってきた。




「いやー久々だなぁこの部屋!っつーかおめーに会うのが久しぶりだもんな!
今部活帰りで・・‥‥って!!?」


広樹が奈緒に気付いた。


「こ・・こんばんわ・・」


「なっ!!陸!!彼女か!?」


今までの女も何人か広樹には紹介したことあるが、奈緒のようなタイプは初めてだったし広樹も相当驚いているようだ。


なんとなくこいつに奈緒を会わせたくなかった。


広樹は奈緒の目の前に座りこみ、自己紹介を始めた。奈緒は広樹の勢いに圧倒されながらも笑顔で答えている。

なんかその様子が気に食わない。

イラつく。



俺は無理やり広樹を部屋から追い出した。


「広樹さん、せっかく来たのによかったの・・?」


奈緒が心配そうに立ち上がる。



「広樹に惚れた?」

「な、なに言ってんの!?」

「ふぅん、あんたはあーいうのがタイプなのか」

「だ、誰もそんなこと言ってないじゃん!」



ムキになるこいつを見てますますイラついてしまう。


奈緒のくせに俺をイラつかせるなんて生意気だ。



日曜日の朝、奈緒は早起きして化粧をしていた。


髪を可愛らしいパステルカラーのリボンバレッタでまとめて、首には俺があげたネックレスをしている。


「はえーな。どっか行くのか?」


「あ、あー・・・うん。友達と遊びに行って来る!」



まごついた言い方が気になった。


何か隠しているのか?まさか男・・・なわけねーよな。


不審に思ったがそれ以上何も聞かない事にした。


たとえ男ができたとしても俺には関係ねぇ。

どーでもいいわ。


その方が手っとり早く切れて好都合。



なぜかイラついてる自分を隠し、単車にまたがった。

俺がいながらあいつに男ができるのは面白くない。

だからイラついてんだ。


きっとそうだろう。


ハンドルを握る手に力がこもる。


この日、いつも事務所まで20分かかる所が10分ほどで着いてしまった。


仕事は夕方に終わった。

日曜だということもあり、街は人で溢れかえっていて、道路も混んでいる。

俺は裏道を抜けてアパートまでたどり着いた。


部屋に奈緒の姿はなかった。

今日一日何の連絡もない。俺はまたイラついて煙草を吸おうとしたが、煙草の箱が空だった。



「はぁー・・・何イラついてんだよ俺」



煙草の自販機はここから歩いて2.3分の所にある。

そこへ向かう途中、俺は自分の目を疑った。




あいつが。


奈緒が広樹と2人でいる。


へぇ、そういうことか。広樹と遊んでたってわけね。



俺は奴らに気付かれない様に近くまで行った。


その時、広樹が奈緒を抱きしめた。




「陸より先に出会いたかった・・・」



広樹の声がかすかに聞こえる。


あいつは今まで俺の女に手を出した事がない。


そういうことだけはしない奴だと思ってた。




「あ・・・あのあたし・・・」


表情よくは見えなかったが、奈緒もかなり動揺している。

困惑した表情を、他の男の前でも見せてると思うと胸糞が悪くなった。



「奈緒ちゃん、陸じゃなくて・・俺と・・・」


「「陸じゃなくて俺と・・」なに?」



奴らの前に出ていかないつもりだったが、自然と声を発していた。


2人はとっさに離れ、物凄く驚いた表情で俺を見る。




「陸・・」


「・・・こんなとこで何やってんのかと思えば・・なに広樹、こいつのこと好きなの?」



広樹は悪戯を見つかってしまった子供のような目をしていた。

きっと俺を裏切ってしまったという罪悪感でいっぱいなんだろう。


お前の考えている事なんてわかる。

何年ダチやってると思ってんだよ。


しかし次の瞬間、鋭い目つきに変わった。



「・・好きだって・・言ったら・・?」



こいつ・・・本気か?


顔が今までにないくらい真剣だった。


こんな広樹は見た事ない。




「陸、中途半端に付き合ってんなら、許せねーんだよ。
まだお前の中に百合・・」


「だまれっ」


広樹の胸倉を強く掴むと睨みかえしてきやがった。


お互いが微動だにしない状態が続き、やがて俺は広樹を離した。


怯えている奈緒の手を引き、歩きだす。



「おい陸!その子は他の女と違うんだよ!おめーもわかってんだろ!?」



広樹の叫び声は聞こえていたがシカトした。


他の女と違う。


俺だって何度かそう感じた事はあった。


でも俺の中の俺が心にブレーキをかける。


これ以上進まないようにと。


目の前の道を見えなくさせる。


奈緒は抵抗しながらも俺に手を引かれてアパートの中へ入った。


今日めかしこんでいたのは広樹に会うためだったのか。


そう思うとムカついてしょうがない。


こいつに当たってしまいそうだ。



俺は奈緒に、どうして2人でいたのかと問いただした。



「・・たまたま・・街であって・・」



声が震えている。

たまたまだと?本当かよ。



「あいつから何か聞いたんだろ?」


「・・・ううん・・」


「嘘つくな」



この様子じゃ絶対何か聞いたに違いない。

広樹は口が軽い奴じゃねーけど、こいつにならしゃべってそうだ。

奈緒の方を振り向くと、怯えた目をして見つめていた。



「・・あたし陸さんの事、何にも知らないから・・知りたかったの・・」



なんでこいつは俺の事そんなに知りたがるんだよ・・・



「おめーには関係ねーことだから・・知らなくていーんだよ」


「関係・・あるよっあたし・・・彼女でしょ・・?」


「は?」



「でも・・あたしとはお遊びだもんね・・・
最初に本気にならないって言ってたし・・・
陸さん、百合さんの事、忘れられないもんね・・・?」




やっぱり。

百合の事聞いたんじゃねーか。


・・・ああそうだよ。

俺は百合を忘れることはない。


お前に一瞬でも好意を抱いてるなんて思ったのは気のせいだ。

そんな事は絶対、絶対ありえねんだよ。



口元は笑っているが、目に涙をためている奈緒。



「・・・俺のことに・・・首突っこむな」



もうお遊びは終わりだ。


今回はちょっと長すぎたな。少し変わった女だったから面白かったよ。


もう少し早くからこうしてれば良かった。




抵抗する奈緒を上から押さえつけ、無理やり唇を奪った。


呼吸する間も与えぬほど角度を変えて何度も口づけする。


俺はこういう事を平気でできる、ひどい男なんだよ。


お前とは住む世界が違う。



その時、奈緒の頬に一筋の涙が伝った。

体が尋常じゃないくらいに震えているのがわかった。