でも、だ。
今は早く、放して欲しい。
だって私の目の前には開け放されたリビングと和室の戸が続いていて、その先には輝かしいほどのディナーが見えているのだ。
ぐるる、と喉が鳴る。
ああ、水だって飲みたいのに。
「チャイコはご飯が食べたいのよ。放してあげなさいな」
そんな私の気持ちを分かってくれるのがこのお母さんだ。
名前は残念ながら知らない。
みんながお母さん、と呼ぶからだ。
ところが愛子さんの腕はがっちりホールドしたままだ。
むしろ力が強くなったかも知れない。
私は愛子さんを見た。
愛子さんは今年で、高校二年生になる。つまり17歳だ。
私たち猫で言えば、1歳くらいだろうか。
つまり、体は大人でも心は少女なのだ。
未熟、というとしっくり来るかもしれない。
とどのつまり、私の方がこのチャイコのことを大大大好きなのに、なんでお母さんの方がチャイコの気持ちを分かるのよ、と拗ねているのだ。
ただね、それは仕方ないと思う。
だって餌を用意するのは毎回お母さんなのだから。
私を抱きしめたまましかめっ面をしていた愛子さんは、暫くしてほろりと私を床に降ろした。
ここが青年期の特徴といったところか。
本当に人間は奥深い。
まあそんな人間について哲学的な思考を巡らせるほどの脳みそを私は持ち合わせていないし、今は食欲の方が優先されるべきなので、私は快くその欲求に身を任せるのだ。