「凱司さんには、大変お世話になっております。今後、お会いする機会も増えるでしょうが、是非、この髭を覚えておいてくださいね」
「…髭、を」
「ええ、髭を」
顎にだけ生やした髭を指先でひねり、穏やかに笑んだ宇田川は。
雅のベッドから立ち上がった凱司と、視線を合わせた。
「凱司さんは、ちょっとこちらへ」
いい予感なんか微塵もしない。
義務教育の頃から付き従っている宇田川だ。
従順ではあるものの、叱られた覚えは山ほどある。
今は、まさにその叱られる数秒前の、空気。
やっぱり外で会えば良かった。
これから受ける小言の内容も読める凱司は、いまだアザラシを抱えて座っている雅に。
顔洗ってから来い、と言い残して、部屋を出て。
ドアを、閉めた。