「雅。今から人が来るから、ノート持って、部屋にいろ」
メール受信の青い光に、携帯を確認した凱司は、画面を見ながらそう言った。
「お茶は?」
「俺がやる」
「はい。…あたしの靴は、しまっておけばいいですか?」
端的にしか話さない凱司に慣れてきたのか、雅はすぐに。
自分が居ることを隠しておきたいのだろうと判断した。
「ああ。すぐ済む。…悪いな」
携帯から目を上げた凱司は、てきぱきとノート類を片付け出した雅の、やや厚めの唇を目で追うと。
振り切るように目を閉じて、再び画面に視線を落とした。
宇田川、とされた送信者名は、午前中に届いた二通目のメールと同じもの。
“鷹野息吹について@その弐”
と、真面目なんだか不真面目なんだか解りにくい件名は、凱司よりも20ほど歳上な、彼の人柄を表しているかも知れない。
「えっと、昨日作った抹茶と小豆のパウンドケーキあります」
出てくるな、と言われているのも不快ではないらしく、雅は冷蔵庫を指差し、あ、と振り向いた。
「英語の……続きって、後で書いてもらえます…?」
「ああ、だから作文書き直しとけ」
会話に、気まずさはなかった。
涙の痕が残ってはいるが、逸らしがちな視線からも、怯えの色は消えていた。
宇田川が、息吹の情報を持って来るまであと2分。
凱司は、にわかに沸き上がる後悔と苛立ちを押さえ付けようと、怯えに変わって色香にも似たようなため息をついた雅から、目を逸らした。