田島の長い告白が終わった。
それは、懺悔だった。鳴る骨を探す由来を聞いた私の目には、彼女の幻を捜し求め、赦しを乞おうとする田島が、一回り小さく見えた。鳴る骨、それは信仰だ。狂信だ。しかし、どんなに他人には信じ難いことでも、消えない罪を背負った者にとっては、信じることは救われることと同義なのかもしれない。私はそう思った。そして、田島に恋人がいた、ということに思いをめぐらせた。どんな女性だったのか、想像してみようとした。しかし、どんなに頭を働かせても、彼女の姿はぼんやりした輪郭しか浮かばなかった。ただ、私が想像できたのは、しおれた百合の花だった。そして確信していた。彼女は、田島の裏切りに気づいていた。女というものは、的外れな勘繰りをして、痛くもない腹を探り、こちらを激昂させることもあるが、こうした場合、妙な第六感が働くものだ。私は、いくつかの経験からそのことを知っていた。
「赦してくれていると思うよ」
私は、このような場合にかけるべき適当な言葉を見つけることができず、そう慰めるしかなかった。田島は、何も言わなかった。ただ、しょんぼりとうなだれ、指でこめかみをおさえた。
「僕は、滑稽でしょうね。でも、鳴る骨があるということを、信じずにはいられないのです」
長い長い間をおいて、ようやく田島がぽつりとつぶやいた。冷たい風が小雨を運んできた。
「きっと、待っていてくれるよ。鳴る骨はあるよ」
私の言葉に、田島はかすかにうなずいて立ち上がった。
「ありがとうございます。でも、今日はもうやめましょう。二人ともずぶぬれになりそうですから」
私は、いつもの天気予報で、その日は午後から天気が崩れると知っていたので、折り畳み傘を二本用意していた。一本田島に貸して、私たちは並んで歩いた。何か言わなくてはならないと思ったが、舌がもつれて言葉がのどから出てこなかった。どんな慰めも、田島の心を癒すことはできそうになかった。私はあえて何も言わずに、田島を見守ることにした。ちらと横を見ると、田島は上の空のようだったが、時々背後を盗み見したりしていた。
よりによってそんなときに、低気圧によるあの忌々しい頭痛が起きたのだった。私はよろめいて転倒しそうになりながら、今日待ち合わせをしたベンチに座り込んだ。心臓の鼓動と同時に襲ってくる耐え難い痛みに、私はしかめ面をしていたが、田島に見えないようにその形相を手で覆い隠した。
「大丈夫ですか?」
田島が、心配そうに私の顔を覗き込んだ時、私は、以前田島の手のぬくもりで、痛みが引いたことを思い出した。
「手……手を貸してくれ……」
彼は何のことだか分からないように、首を傾げたが、左手で顔を隠し、右手で額を押さえる私を見てすぐに理解したのか、私の額に手を伸ばそうとした。
その一瞬、目を閉じた私の体に、田島の体がのしかかってきた。冷え切った自分の手に、何かぬるぬるした液体を感じた私は、重い瞼を開けた。
何が起きたか、全く理解できなかった。驚愕することさえ、私の脳は忘れていた。田島は、うつ伏せになって、ひざまずくように半身を私の体に預けて、倒れこんでいた。ぬめりを感じた手を見ると、それは鮮血だった。急いで身を起こし、田島を抱き寄せた。
「おい!」
田島は顔を上げない。私の耳には、走り去る人間の足音が異常に大きく聞こえた。そちらを見やると、それは初老の男だった。見覚えがあった。田島のアパートを初めて訪問したときに、建物を監視するような目つきで眺めていた人間だった。その男は、手に刃物を持って逃げ去った。
「Yさ…ん…」
田島のあえぐような声が、私を正気に戻らせた。救急車を呼ばなければ。いや、警察か?私がまごまごしている間に、ベンチや砂の混じった地面は、田島の血で染まっていった。
田島は、背中から心臓の方に向かって刺されていた。例の白いダウンコートににじむ血の速度は早く、私は急いで携帯電話を取り出そうとしたが、手元が狂って取り落とした。すると、田島が歯をくいしばりながらそれを膝の下に隠したのである。
「貸して!救急車を呼ぶんだよ!」
「だめです……」
田島は、力の抜けていく唇を動かして、懸命に言った。声は、やがて荒い息に変わっていった。
「報い……償い……」
私は田島の心を悟った。田島は、すべてを受け入れようとしていた。そして、受難をすでに予期していたかのように、今までに見たことのない安らかな表情を浮かべていた。田島は、小刻みに震える手を動かして、何かを探していた。私は思わず、宙と地面の間をさまよう彼の手を強く握った。
そのとき、田島が目を見開いた。容態が悪化したのかと、私は焦って田島の手を握り締めたまま、助けを求めに行こうと立ち上がりかけた。
「骨……鳴る……」
血の気を失っていく唇の間からもれ出た言葉に、私は思わず耳をそばだてた。しかし、それから先の言葉は聞き取れなかった。私は、なんとか田島の言葉を理解しようと、彼の口元に顔を寄せた。彼は、ユともヤとも取れる声を出して、長く引き伸ばした。そして彼は意識を手放した。美しい、あまりに自然な笑みをたたえていた。私は、田島の膝の下から携帯電話を引っ張り出して、ボタンを押した。
呼び出し音が鳴る間、上空をとんびが哭泣するように鳴きながら旋回していた。
それは、懺悔だった。鳴る骨を探す由来を聞いた私の目には、彼女の幻を捜し求め、赦しを乞おうとする田島が、一回り小さく見えた。鳴る骨、それは信仰だ。狂信だ。しかし、どんなに他人には信じ難いことでも、消えない罪を背負った者にとっては、信じることは救われることと同義なのかもしれない。私はそう思った。そして、田島に恋人がいた、ということに思いをめぐらせた。どんな女性だったのか、想像してみようとした。しかし、どんなに頭を働かせても、彼女の姿はぼんやりした輪郭しか浮かばなかった。ただ、私が想像できたのは、しおれた百合の花だった。そして確信していた。彼女は、田島の裏切りに気づいていた。女というものは、的外れな勘繰りをして、痛くもない腹を探り、こちらを激昂させることもあるが、こうした場合、妙な第六感が働くものだ。私は、いくつかの経験からそのことを知っていた。
「赦してくれていると思うよ」
私は、このような場合にかけるべき適当な言葉を見つけることができず、そう慰めるしかなかった。田島は、何も言わなかった。ただ、しょんぼりとうなだれ、指でこめかみをおさえた。
「僕は、滑稽でしょうね。でも、鳴る骨があるということを、信じずにはいられないのです」
長い長い間をおいて、ようやく田島がぽつりとつぶやいた。冷たい風が小雨を運んできた。
「きっと、待っていてくれるよ。鳴る骨はあるよ」
私の言葉に、田島はかすかにうなずいて立ち上がった。
「ありがとうございます。でも、今日はもうやめましょう。二人ともずぶぬれになりそうですから」
私は、いつもの天気予報で、その日は午後から天気が崩れると知っていたので、折り畳み傘を二本用意していた。一本田島に貸して、私たちは並んで歩いた。何か言わなくてはならないと思ったが、舌がもつれて言葉がのどから出てこなかった。どんな慰めも、田島の心を癒すことはできそうになかった。私はあえて何も言わずに、田島を見守ることにした。ちらと横を見ると、田島は上の空のようだったが、時々背後を盗み見したりしていた。
よりによってそんなときに、低気圧によるあの忌々しい頭痛が起きたのだった。私はよろめいて転倒しそうになりながら、今日待ち合わせをしたベンチに座り込んだ。心臓の鼓動と同時に襲ってくる耐え難い痛みに、私はしかめ面をしていたが、田島に見えないようにその形相を手で覆い隠した。
「大丈夫ですか?」
田島が、心配そうに私の顔を覗き込んだ時、私は、以前田島の手のぬくもりで、痛みが引いたことを思い出した。
「手……手を貸してくれ……」
彼は何のことだか分からないように、首を傾げたが、左手で顔を隠し、右手で額を押さえる私を見てすぐに理解したのか、私の額に手を伸ばそうとした。
その一瞬、目を閉じた私の体に、田島の体がのしかかってきた。冷え切った自分の手に、何かぬるぬるした液体を感じた私は、重い瞼を開けた。
何が起きたか、全く理解できなかった。驚愕することさえ、私の脳は忘れていた。田島は、うつ伏せになって、ひざまずくように半身を私の体に預けて、倒れこんでいた。ぬめりを感じた手を見ると、それは鮮血だった。急いで身を起こし、田島を抱き寄せた。
「おい!」
田島は顔を上げない。私の耳には、走り去る人間の足音が異常に大きく聞こえた。そちらを見やると、それは初老の男だった。見覚えがあった。田島のアパートを初めて訪問したときに、建物を監視するような目つきで眺めていた人間だった。その男は、手に刃物を持って逃げ去った。
「Yさ…ん…」
田島のあえぐような声が、私を正気に戻らせた。救急車を呼ばなければ。いや、警察か?私がまごまごしている間に、ベンチや砂の混じった地面は、田島の血で染まっていった。
田島は、背中から心臓の方に向かって刺されていた。例の白いダウンコートににじむ血の速度は早く、私は急いで携帯電話を取り出そうとしたが、手元が狂って取り落とした。すると、田島が歯をくいしばりながらそれを膝の下に隠したのである。
「貸して!救急車を呼ぶんだよ!」
「だめです……」
田島は、力の抜けていく唇を動かして、懸命に言った。声は、やがて荒い息に変わっていった。
「報い……償い……」
私は田島の心を悟った。田島は、すべてを受け入れようとしていた。そして、受難をすでに予期していたかのように、今までに見たことのない安らかな表情を浮かべていた。田島は、小刻みに震える手を動かして、何かを探していた。私は思わず、宙と地面の間をさまよう彼の手を強く握った。
そのとき、田島が目を見開いた。容態が悪化したのかと、私は焦って田島の手を握り締めたまま、助けを求めに行こうと立ち上がりかけた。
「骨……鳴る……」
血の気を失っていく唇の間からもれ出た言葉に、私は思わず耳をそばだてた。しかし、それから先の言葉は聞き取れなかった。私は、なんとか田島の言葉を理解しようと、彼の口元に顔を寄せた。彼は、ユともヤとも取れる声を出して、長く引き伸ばした。そして彼は意識を手放した。美しい、あまりに自然な笑みをたたえていた。私は、田島の膝の下から携帯電話を引っ張り出して、ボタンを押した。
呼び出し音が鳴る間、上空をとんびが哭泣するように鳴きながら旋回していた。