「絵を描くときは、昔の恩師のアトリエをちょっと借りて描いているんです。ここでは手狭ですから」


田島は、私が鑑賞し終えた作品たちを押し入れの中へ丁寧に片付けながら言った。私は、絵が持つ田島の闇に圧倒されて、ろくに返事もできなかった。しかし、だからといって田島を嫌いになるとか、そうしたことは全くありえないことだった。彼が抱えるどんな罪でも、語ってくれる日が来るまで待とう、そして力になろう、と決心した。


「君の絵は高いの?」


「いえ、生活できればいいと思っています。僕の絵が分からない人に高く買ってもらうより、一枚でも気に入ってくれた人がいれば、その人に安く買ってもらったほうがいいんです」


「じゃあ、私が買うよ」


私の視線は、さっきから一枚の絵に釘付けになっていたのだった。それは素描で、何か石塔のようなものをキュビスム風に描いたものであった。他の作品にない作風が気に入って、手ごろな値段であれば、購入して部屋に飾ってもいいと考えていた。


「これにするよ。部屋に飾って君を思うよすがにしよう」


「よすがって何ですか?」


「うーん、イメージソースってところかな」


田島は苦笑した。その時の私には、その苦笑いの意味が分からなかったが、とりあえずある金額を提示すると、田島はほっとした顔でうなずいた。貴重な収入になったのであろう。私は、田島の銀行口座に代金を振り込むことを約束して、購入した素描を田島か出してきたショッピングセンターの紙袋に入れてもらってから、作品を飾るための額を取り扱っている画材店を教えてもらった。



「本当にありがとうございました」


それから様々なとりとめない話をしていると、田島の出勤時間が近づいた。部屋を辞去する際に、彼が丁寧に礼を述べた。私も礼をして、作品を大切にする旨を伝えると、田島の皓歯が輝いて見えた。


「Yさんから教えていただいた作品、必ずネットカフェで読みます」


「そこまでしなくていいよ。まずは画業と生活が大事だからね。手伝えることがあったら遠慮なく言ってほしい。そして、また海岸で鳴る骨を探そう」



「はい


閉めかけたドアの向こうで、田島が軽く頭を下げたのを見て、私も礼を返した。そして、大切な宝物を抱えて家路につく小さな子供のように、浮き足立ってアパートを出ようとした。


すると、来たときには気づかなかったが、帰りの階段からは、アパートの近辺がよく見渡せた。そして、私の目はすばやく古い墓地を発見した。ちょうど田島の部屋から見える位置に墓石が点在し、卒塔婆も見える。


私は、購入した素描を思い出した。石塔のようなものが描かれているように思えたのは、間違いなくこの墓石郡だろう。田島は普段はカーテンを閉じているのかもしれないが、この絵を描くときだけ窓を開けて写生したのではないだろうか。



それにしても、これを見て田島を思うよすがにするとは、なんということを言ってしまったのか。私の心のなかに、不安に似たさざ波が押し寄せ、彼に対して申し訳ないような「罪」を抱えた気分になった。同時に、彼の苦しむ思いを少し体感できたような気もしていて、私は謝罪したいような満足したような、なんともいえない不思議な気持ちで帰途についたのだった。