「………何から話せば良いんだろ」
椅子に座り、そう呟いた鈴は…本当に儚く、伏せられた目は今にも泣きそうで
「鈴ちゃん、ここ数日の行動から教えて。俺らを避けた理由。それと今日どこに行ったのか」
静かながらも棘のある声
まぁ、翔太の性格からすりゃ不確かな情報に腹が立つんだろう。
「………兄に、会ってきたの」
「兄?鈴、兄貴なんて居たのか」
「うん。年の離れた兄。……兄の名前は、藤林達也」
「藤林達也……っまさか」
ずっと閉じてたパソコンが開かれた。
カタカタと、いつもより荒く、そして速い音が鳴る。
「翔太の思ってる通りだよ」
静かに、はっきりと。
目が俺を真っ直ぐ見た
「タツは、黒龍の元総長」
黒龍―――
繋がった。
鈴が黒龍をあれ程庇った理由が
「正確には黒龍5代目総長。最強と言われた時代か……なるほど。情報が曖昧になる訳だ」
「何で今頃なんだ~俺らの事だったら遅すぎるだろ~よ」
俺が鈴を見つけたのが4月
それから半年以上が過ぎてる。行動を起こすには遅すぎだ
「私………タツの事も黒龍の事も忘れてたの」
「は?」
「忘れて…って兄妹だろ。何でまた」
時々見せた、衝動的な発言はこれが原因か…
いつも、言った鈴自身が驚いてたのも頷ける。
でも、兄貴の事を忘れるって事は…
「おかしいだろっ。いくら総長だからって、元だろ。なんで未だに鈴の情報すら無ぇんだよ」
「………青蛇か」
「青蛇?どういう事だよ樹」
吠えた光が樹にまで噛み付いた。
樹は応えず、斜め向かいの鈴を見るだけ
「うん。昔はただ、タツや黒龍の敵ってしか思ってなかった……」
小さく笑ったのに、声は震えてて
「この間倉庫を見て、青蛇って名前を知ったの……」
そんな顔すんなよ。
そう思うのに、先を知りたい
「………私があそこに行ったのは2回目なの」
そう言って、スウェットの腕を捲った。
「っ鈴、それ……」
見えたのは傷痕で、いつも肌色のテープを貼っていた場所
「それっ……刃物痕か?」
流石の祐でも言葉がふざけてない。
こんな傷、この世界に居たら見慣れるのに…誰一人、冷静では居られなくなった。
「……妹尾和也、確か逆腕に似た傷があったな」
訂正。
いつでも冷静な樹が居た。
「妹尾和也…確かに右腕に切り傷があったな。傷の経緯は不明とされてるけど……」
「カズとのね、約束だったの。この傷は誰にも話さない、2人だけの秘密………だった」
「だった?」
「うん。今日ね、カズにも会ってきたの。全部思い出したって。皆に……全部話したいって」
遂に頬を伝った涙
その一滴は鈴によって素早く拭われた。
「聞いて欲しいの」
悔しかった。
まだ泣かない。
なのに、涙が零れてしまった
最近は泣いてばかりだ……
昔は、もっと泣き虫だったな
―――――――
―――――
―――
side*鈴ーー10年前ーー
私は黒龍の倉庫によく出入りしてた。
カズと一緒に。
時に保育園の帰りに、時にランドセルのまま…
周りの大人達の向けてくる目が、子供心に怖かった。
両親を亡くした私。
同情や軽蔑、憐れみに嫌がらせ…
そんなグチャグチャした感情が一切無く、可愛がってくれた。
世間一般で外れ者とされてる、強面の兄さん達が……
「タツ!ただいま」
私はタツが居ないと何も出来なかった。
居場所を作る事も…
悲しみから立ち直る事も…
タツは優しかった。
2人だけの兄妹、唯一の家族
「お帰り」
黒龍に行って、私は何をしてた訳でもない。
暴走に参加したこともないし、喧嘩をした事もない。
タツが一切許さなかった。
夜更かしすらも…
宿題をし、遊んでもらい、話しをする。
夜になったら私とカズだけ帰らされる。
それでも小さな私には、キラキラした世界だった。
副総長の葵さんは優しかった。
私は一番懐いてた。
物腰柔らかく、常に丁寧で分かり易い言葉を使ってくれた。
宿題も見て貰ったし、勉強も教えて貰った。
和希さんは色んな話をしてくれた。
学校での話も、暴走の話も。
タツがどれほど強いか、どんな総長か…
全部内緒だと言って知らない世界を垣間見せてくれた。
賢悟さんはパソコンばかり弄ってた。
でも皆が外出し、1人になる時は大事なパソコンを貸してくれた。
私が寂しくないように、色んなゲームを作ってくれた。
智輝さんはタツとよく揉めてた。
駄目と言われてる事を全部してくれた。
バイクに乗せて貰ったし、喧嘩も見せてくれた。
そのせいでいつも私の頭上でタツと口喧嘩してた。
大好きな大好きな場所だったのに。
崩れるのは…たった1日
青蛇に会ったのは小学一年の夏……
その日、倉庫には来るなって言われてた。
別に珍しい事じゃない。
暴走族として大きく動く時、タツは私を近寄らせなかった。
今回もそう。
私もそう思って言うことを聞いてた。
カズと公園で遊んで帰る
………はずだった。
夕方になり帰ろうとして、出口に向かった私達は立ち塞がれた
3人の、知らない男達に―――
「藤林鈴ちゃんだよね。迎えに来たよ」
停まってる車に促すけど、私には訳が分からない。
カズと顔を見合わせるけど、結果は変わらない
「迎え?もしかしてタツ兄が?」
「そうだよ。さ、乗って」
直ぐ分かった。
この人達はタツの敵だと。
同時に怖かった。
私にはどうする事も出来ない。
「違う!タツは今日来るなって言ったもん。それに迎えに来るなら葵さんが来るはずだもん」
言い切った。
精一杯の強がり。
握っているカズとの手が震えてるのが分かる。
「ゴチャゴチャ五月蠅い。さっさと乗れ」
「嫌、離して」
男の言葉が、態度が一変した