目を瞑っときながら、いつまでも来ない階段に疑問を持ち、そっと目を開けた。

階段は右側にあり、向かうのはまだ真っ直ぐ……



――ガシャッ
――バタンッ


1階の奥にあるドアを開けた先には、私が初めて入った


―――――シャワー室


その狭い空間の奥に押しやられ、やっと手が離れた。


「蓮司……まさかっ」

逃げようにも、蓮司が入り口前に居る

その蓮司はシャワーに片手を、つまみにもう片手をかけてる


漫画で見た事あった。
まさか自分がされるとは思わなかったけど

シャワーヘッドを見ながら急いで鞄を外し、投げた

携帯も今日は鞄の中に入ってる



その瞬間、私は頭からお湯をかけられた


水没を免れた携帯に安堵しながら、今の状態を考える。


「蓮司どうして?もう止めてよ」

声をかけても抵抗しても無視

もう服も髪もずぶ濡れだ…






「蓮司?何やって………って鈴!」

騒ぎを聞きつけたんだろう。光を先頭に皆が駆け付けた。


「蓮司止めろ」

蓮司の手から無理矢理奪われ、大人しくなったシャワーヘッドが床に落ちる



「蓮司……」

やっと上げた顔に映ったのは、懐かしく思える皆の顔

そして、静かに佇む蓮司



その目は、あの日に似てた。

蓮司に抱かれた…あの日

何を言っても応えなかった、あの悲しい瞳


「蓮司、上に行くぞ」

翔太が狭い空間から蓮司を引っ張る。


「鈴ちゃん。……温まってから上おいで。着替えとか外置いとくから」

「……うん」


――――パタン。


静かに閉まった扉

去っていく蓮司の目


話をした後、その目がどう変わるのか


でも―――

「とりあえず、話さなきゃ……か」


一応病み上がりだし、季節は秋に分類され外は寒かった。

さらに、濡れた髪や服はどんどん冷めていく


「寒っ」

温まるのが先に決まってる


十分に温まり、シャワー室を出た。

置いてあるスウェットに着替え、着ていたワンピース類を畳み、近くにあった袋へ。


……放り投げた鞄が見当たらない。



多分、持ってかれた。


そんな事しなくても、ちゃんと2階に行くのに…



「鈴さん。上に案内します」

更に開けた扉の先に立ってた兄さん。


そんな事しなくても、ちゃんと2階に行くのに…








一緒に向かった2階

そこで、兄さんが居て良かったと思えた。


扉をノックしてくれたから……


今の私には、扉を黙って開ける勇気は無い。

でも、ノックして何て言えば良いのか分からない

曖昧な立場の私―――



前を見据える。

最後の、やらなきゃいけない事



side*蓮司



鈴に別れを告げられた時には、特に感じなかった。

追いかける程の事じゃない。
今までの女共と同じだった。

ただそれだけ……


だが時間が経つにつれ、頭を感情を色んな物が渦巻いた。

何が理由で。
何故話せない。

もっとその時に話せば良かったんだ。

後悔しても遅かった。


翌日、迎えに行った学校では逃げられた



どうやってかは分からない。

道は塞いだ。

なのに学校内には居ない。そんな連絡が届いた…

男と一緒に帰って行ったと。





しかも直接会ったという翔太も、すんなり帰って来やがった。


問題は次の日。つまり今日だ。


鈴の見張りの奴からの一番の連絡が、電車に乗っていくと。

かなりのお洒落をして……


電車に新幹線を乗り継ぎ……そこから先の情報が途絶えた。

言い様のない不安に焦燥




パソコンを駆使していた翔太が鈴を見つけた時には駆け出していた。


鈴が向かった先―――黒龍へ。



1人で行くのは無謀だ。

それでも。
アイツに渡したくなかった。

それが鈴の望みだとしても…だ。





黒龍のアジトにはアイツ――妹尾和也は居なかった。鈴の姿も。

そして幹部の奴等が立ち塞がる


間違い無く、鈴は今も此処に居る。


降りてきた鈴は、普段しない大人びた格好をしていて…

お洒落したのはコイツの為か?
なんてムカついた。




幼なじみという鈴と和也


それでも、鈴に言い放った言葉がずっと頭を離れなかった。

『龍姫にならないか――』


だから怖かった。

返事を求めたアイツに、鈴が何て答えるのか





でも鈴は答えなかった。

YESでもNOでもない、全く見当違いな答え

俺の時より酷いな…



笑いと軽い同情

それと同時に戻ってきた愛しい存在


でも、鈴から伝わったのは別のモノ


男の香水の匂い―――しかも、コイツが着けるようなんじゃない。

もっと…落ち着いたシトラスの香り


しっかりと匂いが移る程、そんな時間そんな距離に居た。

考えなくても分かる。

抱き合ってた。
それしか無ぇだろ…


俺の知らない所で、俺じゃない他の奴と―――






紅燕に着いた時には軽く安堵した

鈴を洗い流した時にもそれを感じた。


ヤバいな俺………



――コンコン。

「鈴さんをお連れしました」


入ってきた鈴は、見慣れた鈴だった。


知らない格好で、知らない男の香水を身に纏ってた数分前……

本当にどこかへ行きそうな、そんな雰囲気は今はもう無い。


どちらかとしたら、最初に見たような…強い瞳をしてる


「…………」

「…………」

長い沈黙が部屋を占めた




「鈴。また……もう帰るのか?」

耐えきれなかったのか声を出した光に、小さく首を振る鈴


「話したい事があるの。………聞いて欲しいの」


その声は、どこか震えてたような気がした