覚悟を決めた声は低く、そして冷たく感じた。
私の緊張が伝わったのか、皆の表情が真剣なものに変わった
「どういう意味だ」
「そのまんまだよ。………蓮司。私を………」
……私を何?
別れて?
――別れたくない。
解放して?
――そんなの望んでない。
「明日から私は紅燕に行かない。皆とも会わな「止めろっ」
叫ばれた声に気圧され、言葉が途切れた
「鈴……理由を言え」
「今は言えない。……蓮司。私を蓮司の彼女から、燕姫から解放して」
「…………また言えない事かよ…。お前は一体何なんだ?」
真っ直ぐ見る目を反らしたくなる。
別に言えない訳じゃない。
でも、軽はずみに口にして………それで、それでまた人生を壊すの?
私のせいで全てを手放したあの人に、またそれをさせるの?
「私は…。…………今は言えない。でも、全て終わったら皆には聞いて欲しいの…」
勝手な話だと思う。都合良い事ばかり言ってる。
でも。私は皆が、蓮司が――――
「……………そうか」
「おいっ蓮司!」
背を向けて1人バイクへと向かう蓮司に叱責の声が飛ぶ
「それがお前の望みなんだろ」
………お前。蓮司は普段、そんな冷たく呼ばない。そんな冷めた目で見ない。
私から手放してるのに。
もう……終わりだと思えた。
紅燕との関わりも、蓮司との関係も。全てが………
「蓮司前に訊いたよね。私は青蛇の人間かって。もし………もし、そうだったらどうする?今も同じ事を言ってくれる?」
去っていく背中に問う。
こんな、縋りつく様な…必死な声で聞くつもりじゃないのに
情けない声。
多分、表情なんてもっと酷い筈
蓮司は答える事も、振り返る事もしなかった。
それが答え……
去っていく蓮司も、皆の顔も見れず、私は部屋へ駆け込んだ
泣かない。泣かない。泣かない。
呪文の効果は一時的で…
バイクの音が去っていくと、涙腺は決壊した
次の日、学校に着いても落ち着かなかった。
会わない。
会えない。
会わなくちゃ。
頭の中はそればかりで……
私に放課後を知らせたのは、またあの甲高い声
そして辺りに広がる動揺
「鈴ちゃん良いなぁ~。蓮司様が校門に来てるんだって~今度私も紹介して」
「………え?」
私に持ち掛けられた言葉は、耳を疑うもので、これからの予定を全て狂わすもの。
蓮司が来た?
何で―――――
「行かないの?」
固まった私を見かねて夏美が声を掛けてきた。
夏美にも、話は出来ない。
一番最初に話すのはあの人じゃないと―――
「今は…会いたくないの」
「正門と裏の他に帰る道ってないかなぁ」
高台にあるこの学校には無理な話だけど、今は蓮司から逃げたい。
窓の先。正門に停まる黒い車を見ながらポツリと呟く
「逃げる気?馬鹿だね~無理に決まってるじゃん」
笑い飛ばされた。
だよね…大人しく話をするしか無いのか
「――あるよ」
「え?」
「ちょっと峰。乙女の会話盗み聞きなんて「夏美黙って!峰君、何があるの?」
「帰り道でしょ。正門と裏、それともう一つ有るんだな」
救世主登場。
私がせっかくの話に乗らない訳が無い
「峰君お願い、そこ教えて!」
「ここを真っ直ぐ行けば裏と同じ道に出るんだけど……どうする?」
広がるのは草むら。
しかも高い草ばかりの…
連れてこられた先はプール横
学校の隅にあり、さらに低い位置に作られたそこは、良く見れば民家とさほど高さが変わらない場所で
「流石水泳部。使わせて貰うよ」
スカートの私には草が膝上まである。
それでも、せっかくの道だ。
蛇も出ないらしいし……
「先輩達がよく使うんだ…。踏みならした道が出来てるから、同じとこを通れば良いよ」
「ありがと。じゃあ行くね。部活頑張って」
蓮司達、紅燕の妨げを上手く掻い潜った私は黒龍のアジトへ向かった。
この時間なら、家じゃなくアジトに絶対居る。
便利な現代社会の代名詞である携帯があっても、私はカズの番号を知らない。
駅からあまり遠くない距離
歩き馴れた道―――
「総長の妹尾和也に会いの。鈴って名前を伝えて欲しいんだけど」
黒龍の倉庫に着き、間近にいた兄さんに声をかける。
向こうにしたら良い迷惑だ。
知らない女がいきなり総長に会いに来た。
……普通なら取り次ぐ馬鹿は居ないだろう
「何だ、てめぇは。帰れ馬鹿」
うん。そうくるよね…
分かってる。私にとっては幼なじみのカズでも、此処では――世間では違う。
随分遠い存在になってしまった…
でも、私ならカズを呼べる。
総長幹部の居る部屋の位置は良く分かってる。
窓の下から呼んだ時、どう聞こえるかも――
「おいっその女、紅燕の姫じゃねぇか」
踵を返した私の耳に届いた、そんな声
どうしよう…
蓮司達は関係無いし、迷惑を掛けれない……
「黙れ騒ぐな」
「「「「「優希(さん)」」」」」
またしても、救世主登場だ。
私の後には黒龍幹部――優希と圭君が立っていた
「で、お前は何しに来た訳?」
「カズに会いたいの。紅燕は関係無く、私個人で」
入り口で向き合う私達。
優希と話すのは久し振りだ
「お前何言ってるか分かってんのか?」
「圭君は。圭君達は知ってたの?私が―――。前にカズが私を此処に連れて来た理由を」
「お前っ………まさか」
態度で分かる。
……2人も知ってたんだ。
何も知らないのは私だけ、いつも、いつまでも守られてばかりで…
「カズに会いたいの」
もう一度、しっかり目を見て伝える
「和也なら居ないよ。連絡したから直ぐに来んじゃない?こっち上がって来なよ」