「なぁ鈴。疑って悪かったな」


首を横に振るばかり

「……鈴。顔上げろ」

それでもまだ上げない。

また首を振って答えるだけで



「鈴……顔、上げてくれ」

さっきよりも穏やかに声を出す

ゆっくりと顔を上げ、こちらを向く

やっぱり瞳は濡れていた。

どれだけ傷付き、どれだけ泣いたのか……


「鈴。…悪かった」

目を見て、もう一度謝る




「……蓮司、総長だもんね。疑って当然だよ。此処を護んなきゃだもん。紅燕の、総長……なんだから」

「鈴?」

ただ前を見据えて言葉を紡ぐ

俺じゃない何かを見ながら……


何かを諦めるような目


「鈴」

「それなのに、叩いてごめ…ん」

やっと俺を見た鈴の目が、今度は見開かれた。

「血!口が切れて……ごめん。ごめんね」


そっと口の端を触る。

冷え切ったその手が触れた事で、痛みが走った。


でも、切れたのは樹のせいだろう。
いや、確実に…


「鈴のせいじゃねぇよ」

「でも私が叩いたから」

「あんなの叩いたに入んねぇよ」

「でもっ」


……うるせぇ。

そう思った途端、俺は鈴の口を塞いでいた。

触れるだけの、優しいキスで


いつものように押さえ付けなかった。

嫌がる素振りも、逃げる素振りも無かったから


短い口付けが離れ、鼻先が触れる程の至近距離で見つめ合い、また口付ける

今度はどちら共なく。




こんな軽いキス、いつぶりだろうか…

満たされる心に深い安らぎ


やっぱりだ
俺は鈴が好きだ
誰にも渡したくない

―――渡さない。



もしもだ。まだ鈴が青蛇側の人間だったとしても…もう関係無い。

そこから切り離し、俺の傍に置く


此処が鈴の居場所だ


さっきより幾分長かったキス


顔を真っ赤にし、俯く鈴を腕の中に収めた

今度も嫌がる素振りは無い。


顔を俯かせたまま、素直に体を俺に預ける。

強く抱きたいが、さっきの話がまた頭をよぎった。


痣だらけの身体――

きっと今も痛いはずだ。

動くと少しぎこちない時がある


「悪かった………ずっと紅燕に居ろ。鈴の居場所は此処だ」

「………」



月曜日、学校に着くと騒がしかった。

………夏美だけが。



「鈴!連絡無しに休まないでよ。心配したんだからね。………その顔、どうしたの?」

青蛇の件に暴走。そして思い出した記憶に私の頭は潰されそうだった。

体も頭ももう疲れた。


「ごめん。忘れてた…」

「それはもういい。顔よ顔!…まさか蓮司様がっ」

「え?違う。違うからね」



青蛇の件を知らないようだ。

もしかしたら…また事実が消えたのかも。
私のせいで……



「鈴?。…大丈夫?顔色悪いよ」

「大丈夫」

少し、疲れただけ。

あと数日で連休が来る。あと少し頑張るだけだから…

あと数日……

なのに、身体が保たない。



お昼を過ぎた頃からだるくなる体に動かなくなる頭


「鈴~大丈夫?保健室、行く?」

保健室……

そろそろ限界だし、行った方が良いのかも。


「うん。行ってくる…」



――――ガラッ。

「おら~席着け~。授業始めるぞ」

ちょうど先生が来た。


「先生。鈴気分悪いんで、保健室連れてきます」

「藤林が?ホントに顔色悪いな…」

多分、いつものように青白くなってるんだろう。私の顔を覗き込んだ先生が驚いた後、直ぐに許可を出した。


「風邪ね。少し休んでから今日は帰りなさい」

保健室に着いて直ぐの診察結果


風邪なんて、何年ぶりだろう。

前に引いたのは…何年前だったかな…


「じゃあ、私戻るわ。後で荷物持ってくるから」

「ごめんね、よろしく」


夏美が戻って行くのを見ながら、眠りに着いた







―――――――
―――――
―――


チャイムの音で目が覚めた。

体は更に重くなったが、頭は幾らかはっきりしてる


カーテンを開け、ベッドから降りると先生は居なかった。

時計は、最終授業の始めを指している。


ふと、枕元に通学鞄が有るのに気付いた。


先生はさっき、帰りなさいと言ってた。

このまま此処で待つより、動ける今のうちに帰りたい。



夏美が持って来てくれた鞄からノートを破り、一筆書いて保健室を出た。

ゆっくり動作なのに、その間も先生は戻って来なかった。


職員室へ向かい、事情説明して帰宅。

面倒な事になる前に、とにかく帰る。





タクシー呼べば良かったとか、コンビニで何か買えば良かったとか…もう頭に無かった。

とにかく家へ。


家に誰も居なくても、それでもいい

誰かに迷惑かける訳でも無い

ゆっくり休めば治る


私は―――強くならなくちゃ


―――――――
―――――
―――

夢を見た気がした。

風邪を引いた時、布団を掛けて貰った…優しい記憶




頬を伝う涙を拭いながら身体を起こす。

うん。夢だった…
喉が渇き、床に足を着けた。



違う。夢だけじゃない……


もう、違和感無い空間になってしまった

私が居るのは、紅燕アジトにある2階の部屋

私が着てるのは、何度かお世話になった誰かのスウェット




私、………いつ此処に来たっけ?