六月五日(火)
市立波岡高校一年の高城翔馬は暗い気分で廊下を歩いていた。
彼が通う波岡高校は、一応「進学校」ということになっているが、実際は進学率が高いというわけではない。
矛盾はそれだけでなく、「生徒は全員部活動に強制参加」というわざわざ生徒の自主学習時間を削る校則がある。
この校則のせいで、高城は陰鬱な気分に苛まれているわけだが。
「入りたい部活なんかねぇっつうの」
この高校では入学から2ヶ月以内にどこかの部活に所属していないと、反省文五枚と先生がテキトーに選んだ部活にて強制労働をしなければならないという大変ふざけた制度がある。ついでに午後6時までは強制労働時間だ。残り時間はあと3日。友達づくりに見事に失敗した高城は、誰かに誘われる事もなく、やりたいこともないので窮地に立たされていた。
「こうなったら先生にアミダでも作ってもらって・・・」
と、そこでふと今自分のいる場所を見渡してみた。
右隣には給湯室があり、その隣には倉庫とおぼしき部屋。その向かいには職員室がある。給湯室と倉庫を合わせた長さがちょうど職員室の長さのようだ。
職員室側はあとは窓が並び、部屋はない。というか、それは大した問題ではない。
問題は倉庫の隣の教室だ。

おそらくその教室の役割は隣の倉庫とほとんど変わらないのだろう。扉の上の窓を見ると棚の上に段ボール箱が並んでいた。だが、そこがただの倉庫であるなら意味のわからない物がある。扉に掛かっている、段ボールで出来た看板だ。そこにはデカデカと
「万部」
とだけ書かれている。
「まん・・・ぶ・・・?」
何だろう、これは。
漫画作成部ならあるが、仮に「まんぶ」と略すならせめて「漫部」だろう。
「部活紹介であったかなぁ・・・こんな部活」
と首を傾げるしかない。なんせ正体不明の部活が目の前にある。名前からも雰囲気からも活動内容がわからない。場所は職員室のすぐそば。それだけで奇妙だ。
「・・・・・・!・・・・・・・!?」
「・・・・〜♪・・・・・・・・・・・・?」
そして中からなんか聞こえてくる。多分喧嘩っぽいけど。
高城はその奇妙な教室の前で固まってしまった。どんなに頭を働かせても全く理解できないものが目の前にある。
その中が一体どうなっているのか、何をしているのか、何でこんな場所に・・・。
疑問は次々湧いてきて思わず呆然と立ち尽くしていると、突然目の前の扉が開いた。
「っ・・・!!」
完全に不意を突かれた高城はビクッとかなり変な反応をしてしまった。しかし、
「ぎゃわー−−−−っ!!!!!!!!!!」
突然現れた人に驚いたのは高城だけではなかったらしい。目の前にいる女子生徒は思春期の女の子とはとても思えない声で絶叫した。
「えんど−!え−ん−ど−−!!何かいる!!部室の前になんかいる−−−っ!!!」
女子生徒はやたら慌てながら室内にいる男子に叫んでいる。ていうかうるさい。
「だろうね〜?何か部室の前で立ち尽くしてたもん」
「お前知ってたのか!!何で教えてくれないワケ!?」
「何でって・・・その方が面白そうだったから?」
「ふざけんなぁ−−!!!」
一応、この場合俺は当事者なのに何故完全に存在がスルーされるんだ、という高城の不満に気付く様子もなく、口喧嘩は続く。
「ウチ今心臓止まるかと思ったんやで!?死んだらどう責任とるつもりや!!」
「いやいやいや、死ぬわきゃない。男みたいに度胸あるくせに何トチ狂ってんだよ」
「ウガ−−−ッ!!!ちょっと来いやドツキまわしたる!!!」
「わ−−ドツかれる−−タスケテ−−(棒)」何かすごいことになってるなぁと高城がボンヤリ思っていると、別の女子がやって来た。
「え〜〜っと、取り敢えず入ります?」
「あ・・・?」
思わず返事が雑になってしまった。それに構わずニコニコしているので取り敢えず入ることにした。・・・そうこうしている間も、口喧嘩をしていた二人はどっかのネコとネズミのように追いかけっこをしていたが。部屋に入ってまず目に付くのは大量の荷物だった。しかもその大半は段ボール箱で、その一つ一つに紙が貼られている。少し見た感じでは、中身は古いプリントやちょっとしたパーティー用品など多種多様だった。大量の段ボールは壁際にある棚をも埋めつくし、妙な圧迫感を産み出している。その他にもやたら大きなロッカーや用途不明のくす玉や釘バットなどワケのわからないもので溢れ返っていた。
部屋のおよそ半分がそのような惨状だったからこそ、もう半分が異様に広く感じられる。職員室で使われていたであろう教師用の机が1つ、その机への道を作るように生徒用の机が3つずつ左右内側を向いて並んでいる。その3つずつ並んだ机の間には椅子が二脚並んでいる。簡単にいえばこの二脚の椅子は背後を除いて囲まれている状態だ。囲んでいる机すべてに人がいたら裁判みたいな雰囲気になる。
右側の机の後ろにはこの場に似つかわしくない高そうな机があり、コーヒーサーバーやカップなどが一式揃っている
逆サイドにはパソコンとロッカー2つが並んでいてどことなく奇妙だ。
・・・というかこの決して広くない部屋で追いかけっこは危なくないか?
「茜ちゃん、ノリ、スト−ップ」
と、ニコニコ顔の女子生徒が二人をなだめる。
「カナちゃん、ちょっと待っとって。今こいつシメるから」
「暴力はんた−い。つうかお前じゃ俺はシメられないよ〜」
「があぁぁぁぁムカつく−−!!!」
このままほっとくとえらいことになりそうだと高城がやきもきしていると
「茜ちゃん、ノリ、お客さんがいるのだけれど」
急に気温が3℃ほど下がったような感じがする。ていうか何かそのニコニコした顔が逆に怖い。
「いい加減にしないと・・・シメるよ?」
「・・・・・・・ハイ」
「ホンマにすいません」
二人がようやく落ち着いた。正確にはめちゃくちゃ怯えていた。


「さぁて、なんかバタバタしちゃってたけど気を取り直して、と」
関西弁じゃない方の女子からの許しをもらった後、追っかけられていた男子がよりにもよって机に囲まれた椅子に座るよう促してきた。
男子生徒は背の高いイケメン君で、しかし頭のあちこちが寝癖で跳ね上がっている。・・・いや、世にいう"寝癖風"というやつだろうか。校長先生とかが座る椅子にゆったりと座っていて"イケメン王子"みたいなあだ名が似合いそうだ。是非とも王冠を被って欲しい。
さっきまで関西弁で大騒ぎしていた女子は癖っ毛なショートカットで目が大きく、八重歯が特徴的で見るからに活発そうな感じだ。小さい頃はきっと鼻に絆創膏を貼っていただろうという想像を何故かしてしまった。
もう一人の女子はニコニコしたまんまだ。長い髪を一つにまとめ(確かポニーテールとかいう髪型だ)、度の強そうな眼鏡を掛けていた。凄く優しそうで保母さんのような印象だが、さっきのバタバタを一瞬で静めたところを見ると怒ると恐いのだろう。それもかなり。
男子生徒は真正面に座り、女子二人が高城の両サイドからジロジロ見ている(気がする)。やっぱり裁判みたいだ。
「ここに来たのは依頼?それとも入部希望?さぁどっち!!?」
「はぁ?」
「ノリ、お客さんが戸惑ってる」
「あぁ、そういや名乗ってもなかった。俺は遠藤智人。」
「ノリ、戸惑ってるのはそこじゃない。因みに私は桧山佳奈依」
唐突に名乗られた。この変なテンションのイケメン君は遠藤智人で、ツッコミいれまくってるニコニコ顔が桧山佳奈依らしい。
「俺は高城翔馬です。」
「そしてウチが
「で、高城君は何しにここへ?」
「コラ−−−−!!ウチも名乗らせぇ!!」
「ああ、こいつはエセ カンサイという。」
「なんやその名前!!面影ゼロやん!!」
「で、高城君」
「ウチを無視するな−−−!!!」
話が前に進まない。この二人はいつもこうなのか?だとしたら部屋に入る前に聞いた喧嘩みたいな声もこの二人だろう。
「・・・で、ウチが諏訪茜や。よろしゅう」
と、短髪で見るからに活発そうな女子は手をぶんぶん振っている。
「で、高城君は何しにここへ?」
やっと本題が帰ってきた。
「いや、これといった理由はないんですけど・・・。強いて言うなら"まん部"って何かなぁと思っただけで」
といった途端、遠藤の顔が引きつった。
「うわぁショック。日本の国語教育がこんなところに弊害をもたらすとは。」
またしても置いていかれる高城に、桧山が説明する。
「あれは"よろず部"ってよむの。"よろずや"って聞いたことあるでしょ?あれみたいなもの」
「よろず・・・って何してんですか?」
名前が判明しても活動内容が不明のままだ。
「ホントの万屋みたく商売はできないから実質何でも屋みたいなものかな〜」
「ノリ、それだけじゃ伝わらない」
「ウチらは学校の雑用とか個人の依頼とかいろいろ手伝ってるんや。先生にウチらのこと聞いてみぃ。」
「はぁ・・・」
「別にそれやったらボランティア部でええ言うたんやけど遠藤が万部じゃなきゃヤダ〜って駄々こねるから・・・」
「何ボランティア部ってそんなんめっちゃ普通じゃんせっかく作るんだからカッコいい方がいいじゃん」
「カッコええか・・・?コレ」
「で、ここを知らなかったってことはホントに何しに来たんだ?高城」
「何って・・・ただ何してんのか分かんなかったから見てみただけ何ですけど・・・」
「じゃあ入部希望ってことでいい?」
「コラッ。そんな勝手なこと言っちゃダメでしょ」
なんか親子みたいだなぁこの二人。
「ん〜じゃあ取り敢えず一個質問いいスか?」
「おう、ドンと来い」
なんなんだこのテンションは。
「何でみんなしてもう一人の人スルーしてんスか?」
「・・・・・え?」