私は君に恋をしました









隣りに眠るアツの顔を見ながら、

‘私はこの人と結婚するんだなぁ’と思うと胸の奥がムズムズするというか、キュンとした。



一生この人について行く・・・


この人を必ず幸せにする・・・






だから、アツも私を必ず幸せにしてね。


これからもずっと・・・一緒にいてね。





そう思いながら眠りについた。









翌朝。


今日こそは昨日伺え無かったお客様の元へ・・・と思い、早めに出勤。



なんだかいつもより人が多いなぁ・・・と感じながら、ホームのベンチに座って電車を待ちながら、仕事の資料に目を通していると、

『只今、人身事故により電車が遅れています』・・・とのアナウンス。


ホームの電光掲示板に目をやると、どうやら1時間程遅れているらしい。


早くに家を出たのにこれじゃいつも通りだ。
会社に行ってからお客様の元へ向かうとなるとだいぶ時間をロスするし・・・
直行しようかな・・・



資料をバッグにしまって、立ち上がろうとした時、



「おはよ、和歌さん」



目の前に制服を着た奥原くんが立っていた。



「あ…奥原くん。おはよう。もう体調はいいの?」



「まぁ。良くはないけど、悪くもないかな。…って、人身事故で遅れてるんじゃないの?電車。」



「そうみたい。だから今からタクシーでお客様の所へ行こうかと思って…って、奥原くんは逆のホームじゃない?」



「へぇ。よく知ってるね。俺が逆方向って。俺が気になってた…とか?」



「ち、違うよ。この間たまたま見掛けただけ…。じゃ、私はもう行くから…」



「…タクシーも無理じゃない?タクシー乗り場、人凄かったよ。このまま電車待ってる方が賢いかもね。」



「えっ?ホント?!タクシー乗り場もいっぱいだったの?」



「うん。次の電車待った方がいいよ」



「でも…


『6時発着○○行きの列車があと10分程で到着致します』



タイミング良くアナウンスが流れる。



「ほらね?ね、隣りいい?」



にっこり笑った奥原くんはそのまま私の隣りに座った。












爽やかなシトラスの香りが鼻をくすぐる。


チラッと右隣を見ると、奥原くんは目を瞑っていた。


その横顔に思わずドキッとする。


高校生とは思えない大人っぽさ。


ちょうど目の前をワイワイ騒ぎながら通り過ぎて行く男子高校生たちを見て、
余計に奥原くんが高校生に思えなかった。


友達はいるんだろうか・・・


体育とかで張り切ったり、先生に叱られたりするんだろうか・・・


これだけカッコよければきっとモテるだろう。


現に少し離れた所にいる女子高生は目をハートにしながら奥原くんを見ている。



彼女は・・・



彼女はいるのかな…?





「…なに?さっきから俺の顔をガン見してるけど。惚れちゃった?」




急にバチっと目があいて、ニヤっと笑われる。



「っな!そんなんじゃなくって!!」



思わず顔が赤くなるのがわかった。



「…じゃ、なに?」



「…ただ…奥原くん本当に高校生なのかなぁって思っただけ」



「ハハッ。制服着てるのにそんな事思ってたんだ?高校生だよ、普通の。ツレもいるし、勉強もしてるし…それに」



「それに?」



「…好きな女だっているよ」




ジッと見つめられてそんな事を言われて・・・


ドキッとした自分が情けない・・・。


自分に言われた訳じゃないのに・・・



「す、好きなコいるんだ?彼女??いいね、青春だね〜」



「残念ながら、彼女じゃないよ。ただ一方的に好きなだけ…」



「そっか…でも頑張って!奥原くんならいけるよ!」



「…だといいけど」


フッと笑って奥原くんは言った。



好きなコ・・・いるんだ。


いるよね、好きなコくらい・・・





なぜかわからないけど、少しだけ心がチクっとした。










ここ最近、私もアツも仕事が忙しくてなかなか会えずにいた。


近くに住んでいるから、仕事終わりにどちらかの家に寄って泊まってしまえばいいんだけど、二人とも仕事を家に持ち帰ってこなさなくてはならない程で。


会えるのは日曜日のみの状態。


そんな状態だから、寝る前の数分の電話がとても楽しみだった。




「もしもし、アツ!お疲れ様〜」



「おう!お疲れぃ。今日もクタクタだぁ。やっと今から晩飯だし」



「私もさっき軽く食べたとこ。いつまでこの忙しさ続くんだか…」



「もう俺限界かも…明日も朝からめちゃくちゃ忙しいし。早く日曜にならないかなぁ。和歌不足…和歌に会いたくて仕方ない」



「私も。アツに会いたい…はぁ。そろそろアツん家に引っ越そうかなぁ。そしたら忙しくても毎日アツの顔見れるし…」



「マジ?!来い来いっ!いつ?!明日?!」



「フフッ。明日にでも引っ越したいよ、ホント。式の事も決めていきたいし…」



「…その前にちゃんと和歌のご両親に挨拶いかないとなぁ」



「アツのご両親にもね!お互いの親はまだかまだかって言ってるくらいだし、早くに行きたいね〜」



「とりあえず、次の日曜あたり和歌のご両親に挨拶しにいこうか。」



「りょ〜かい!伝えておくね!」



「わりぃ、和歌、俺ホント限界〜。飯食わずに寝るわ…」



「大丈夫?ゆっくり寝なきゃいけないけど、ちゃんと食べてね??じゃぁ、また明日ね!おやすみなさい」



「おぅ。ありがとう。また連絡する!おやすみ!」







アツの声を聞くとますます会いたくなる。

近々・・・ここの部屋解約してこようかな。
アツの家に引っ越したいし。

早く日曜日にならないかなぁ。







ふと携帯に目をやると、メール受信。


アツかな?メールを確認するとアツではなくて・・・奥原くんからだった。





‘こんばんは。和歌さん起きてる?今電話できる?’




もう日付が変わった時間。
急にどうしたんだろう。



‘こんばんは。どうしたの?’ととりあえず返信。するとすぐにまたメールが来た。



‘特に用事はないんだけど。なんとなく’




‘ごめんね、最近仕事忙しくてもう寝る所なの’




‘そっか。なんかごめん。おやすみ’






どうしたんだろう。


奥原くんからこんなメールが来たのは初めてだ。




‘何かあった?’


気にしなくてもいいのに、そう返信してしまう。



‘なにもないよ。ただ話がしたかっただけ’






‘何か悩みでも…’と文章を作りかけたけど、消去してそのままメール会話を終わらせた。

















**********




「終わったぁぁ!やっと帰れる!!」




椅子に座ったまま、う〜んと伸び。

今日は金曜日。今日でなんとか仕事のピークは過ぎた。



「おつかれ、和歌♪なんとか乗り切ったね〜はい、コーヒー」



「ありがと、純ちゃん♪ここ一ヶ月キツかったぁ」




「でも、これで結婚の準備進められるじゃない!」




「う〜ん。でも彼の仕事がまだ落ち着かないみたいだから…」




「そうなんだ…でも日曜日、和歌のご両親に挨拶行くんでしょ?」




「そうなんだけど、せっかくの休みにバタバタさせるのも申し訳ないかな…なんて思ってる」




「ま、彼が行くって言ってるんだからいいんじゃない?少しずつ進めていかないと!あ、ねぇ、今夜久々に飲みにいかない??」




「あ〜!いいねぇ!!行こう行こう!純ちゃん仕事片付いたなら直ぐにでも行こう!パァ〜っと飲んじゃおう!」




「私はもう終わったよ♪よしっ!じゃぁ直ぐ会社でよう♪」













純ちゃんと会社を出て、駅まで歩く。

ホントは飲みながら純ちゃんの恋話聞くつもりだったんだけど、我慢出来ずに歩きながら色々聞いた。



「いつのまにかいい感じになってたんだね〜告白したりされたりはないの?」




「う〜ん…つい‘好き’って言っちゃいそうにはなるけど…言えないかな。自信ないし。」



「話聞く限りではうまくいきそうな気がするけどなぁ…」




「もう少し…今の関係でいいや!頑張ってる私が何気に好きだし♪って、そういえば例の高校生はどうなったの?」




「…え?あ…あぁ。い、いたね、そんなコ。何もないよ。あるわけないじゃん」



ドキッとして、思わず隠してしまった。

まさか家にお邪魔してしまったとか、連絡先交換したとか言えない。




「な〜んだ、つまんないの。一度見てみたかったなぁ、そのコ。」



ハハハっと誤魔化して、ホッとした時。




「うわぁっ!みてみて和歌!あの高校生、むちゃくちゃカッコいい!やっぱ、最近の高校生は違うね〜」




そう言う純ちゃんの視線の先・・・




「…あ…」




離れててもわかる。



奥原くん・・・と女の子。





「あれ、彼女かなぁ。やるねぇっ!いいなぁ!高校生っ!私も高校生に戻りたぁい!ね、和歌!」





彼女・・・?


いや、彼女はいないって言ってた。


じゃぁ、前に言ってた好きなコ・・・かな。




小柄で可愛い女の子。


身振り手振りで奥原くんに一生懸命何かを話してる。


そんな彼女を見る奥原くんはとても優しい表情で・・・




いい雰囲気じゃない。

付き合うのも時間の問題じゃない?








・・・なんて思ってたら、バチっと奥原くんと視線が合ってしまった。




ど、どうしよう・・・



奥原くんはその彼女に何やら話したのか、彼女も私の方を見て・・・


そのまま私の方へ歩いて来た。





「ちょっ?和歌…あのイケメン高校生…こっち来てない?」




「…うん」





なに?なんでこっちに来るの?

‘彼女になりました’とか報告するつもり?





「こんばんは。和歌さん。仕事帰り?」




「わ、和歌?知り合い?」


純ちゃんは私の袖をツンツン引っ張りながら聞いてきた。








「…例の高校生のコ」




私はそう答えた。













「こんばんは。奥原です」



奥原くんは純ちゃんにも軽く挨拶。




なんだろ・・・

なんかここに居たくない。





「君が例の高校生くんね〜!カッコいいね〜!そちらは彼女… 「純ちゃんっ!!」




思わず叫んでしまった。




「純ちゃん、で、デートの邪魔しちゃ悪いよ?っね、ほら早く飲みにいこ!っね?」



「えっ?あ…うん、そうね。じゃあね、イケメンくん」




「じゃ、じゃぁね、奥原くん!」




私は純ちゃんの腕を掴んで歩き出す。





「…和歌さん?」






私は不思議そうな顔をしている奥原くんを無視してそのまま立ち去った。















「…で?あのイケメンくん…奥原くんだっけ?どうなってんの?」



純ちゃんと店に入って乾杯してからいきなりの質問。



「ゴホ…ゴホっ… な、なに突然…」




「なに…じゃないでしょ。イケメンくんと例のおでん事件振りって感じじゃなさそうだったもん。」




「…何もないよ。ただ、この間具合の悪い奥原くんを助けただけで…」




「ふぅ〜ん。まぁ、いいわ。和歌は歳下なんてって言ってたもんね。…にしても。ホント、カッコいい子だったなぁ。彼女羨ましい〜っ!」




「…そうだね。彼女…」





・・・彼女・・・か。


なんだかんだでやっぱり奥原くんは高校生だったなぁ。


制服着た彼女・・・と似合ってたし。



楽しそうに話してたし。



高校生同士、話が合うんだろうなぁ。




・・・って。

私、一体何考えてんの。


ブンブンと頭を振って、グイッとグラスを空にした。




「さぁて!純ちゃん!!今日は飲むぞ〜!付き合ってね!」



「おう!なんだかよくわかんないけど飲もう飲もうっ!」



・・・




・・・




・・・









「…で。なんで和歌、こんなにベロンベロンに?」




「わかりません…。勝手に和歌の携帯から呼び出してごめんなさい…。タクシー呼ぼうかと思ったんですけど、和歌が、‘アツを呼べっ’って言ってきかなくて。」




「それはいいんですけど…和歌がこんなに飲んだのは初めてかも。何かあったんですかね…」




「…仕事が忙しかったからかな。やっと今日ピークを過ぎたんですよ」




「ハハッ。それでか。単純だなぁ。和歌は。じゃぁ、俺連れて帰ります。すみません、色々ご迷惑お掛けしてしまって」




「いえ。じゃぁ、お願いしますね。」










・・・アツの声がする。



気のせいかな・・・



ふわふわして気持ちいい・・・



このまま・・・寝ちゃお・・・