「和歌?どうした?用事って...」
私の傍に来たアツが奥原くんをチラっと見ながら私に話しかける。
「あ...ゴメン、アツ。実は昨日、会社に財布忘れちゃって。コンビニでこの子に立て替えてもらったの。それで、そのお金を今日返す事になってて...」
「なんだそれ~どんくせぇなぁ。ってか、君、悪かったね...ありがとう」
「...別に。」
なんだか、とっても居心地が悪い・・・
早くこの場を立ち去りたい・・・
「じゃぁ、そういうことで。ありがとう奥原くん!ほら、アツ、ご飯食べに行くよ?なに食べよっかなぁ~」
「お、おぅ...じゃぁ」
私はアツの腕をガンガン引っ張って奥原くんから離れた。
少し離れて・・・奥原くんの方をなんとなく見る・・・
もういないだろう・・って思っていたからその姿を見つけた瞬間はさすがにドキっとした。
帰宅ラッシュの人だかりの中でも頭1個分抜けてる奥原君は・・・
真っ直ぐ私を見つめていた。
アツと駅前の洋食屋に入った。
この店ではメニューを見ることなくいつもオムライスを注文するんだけど・・・
さっきの奥原くんの切なげな目が頭から離れず・・・
「...和歌?オムライスじゃねぇの?」
アツの声でハッと我に返った。
「え...あぁ。どうしよっかなぁ...たまには違うものにしよっかなぁ...」
「珍しいじゃん?俺はいつものにするけど~っつかさ、さっきの...奥原って子。」
「...え?」
ドキっとした。
アツの口から“奥原”って名前が出た事に。
「アイツ、高校生...だよな?」
「そうなんじゃない?制服着てたし...」
「なんか、めちゃくちゃ落ち着いてなかった?すっげぇ、雰囲気あるっていうか...高校生には見えないよなぁ~」
「う、うん。そうだね...高校生には見えないよね」
「ありゃぁ、かなりモテてるぞ。うん。」
「そんな感じだよね...あ。でも、アツが高校生の時もモテてたじゃん?」
「あぁ。確かに~。でも、俺はずっと和歌しか見てなかったけど?っつか、何注文すんだ?」
「え?あぁ...やっぱりいつものにする!」
「ほらな?和歌はやっぱり冒険できないんだよ。はじめからオムライス注文しとけって。」
「...ハハハ。だね。」
それから奥原くんの事は頭の片隅にもなくなっていった。
**********
夕食後、そのままアツの家にお泊り。
マッタリしていたいけど、今日は外まわりをしなくてはならないから少し早めに出社。
「アツ~?起きて!朝ご飯食べちゃってよ!!」
「...んぁ~。ねみぃ~」
キッチンから叫ぶと寝室からか細いアツの声が聞こえる。
「ちょっと早く起きて!!私、今日早く会社行かなくちゃいけないの!!」
「......」
あれ・・・返事がない。もしかして二度寝してる?
チラっと寝室を覗くと、布団の中で丸まったアツの姿・・・
「もぉ!しょうがないなぁ...子供かっ!!ほら、アツ起き...キャッ...」
「つ~かまえた~♪」
アツに布団の中にひきずりこまれて、おまけに組み敷かれてチュっとフレンチキス・・・
「ちょっ、ちょっと!早く起きてってば!」
「起きてるよ。っつか、やっぱ、朝起きて和歌がいるってめちゃ嬉しいかも。」
そう言いながらアツは私をギュッと抱きしめた。
私もアツの背中に手を回し、ギュッとする。
「...うん。私も...大好きアツ」
「俺も好き...」
耳元で聞こえるアツの声にクラクラする・・・
「なぁ、和歌...」
「...ん?」
「ずっと一緒に居ような...」
「...うん。」
「っつかさ...前から思ってたんだけど...」
「うん?」
抱きしめられたままだから・・・
アツの鼓動が一気に速くなったのがわかった。
「...そろそろ...一緒にならないか?」
“...そろそろ...一緒にならないか?”
それって・・・それって・・・
「ま、まさかのプロポーズ?!?!」
「他に何があるんだよ...」
「...だよね...プロポーズだよね...」
「...で?」
「...で?とは?」
「返事は?」
「宜しく...お願いします?」
チラっとアツを見ると冷めた目で私を見ている。
「...もっと...違う反応ないの?」
「...え?違う反応?」
「一世一代のプロポーズだぜ?もっと、泣くなり喚くなりあるだろ...」
「だってぇ...実感わかなくて...でも、いつか言ってくれるだろうって思ってたから...」
・・・が、途端に目の奥から熱い涙が溢れ出てくる。
「えぇぇぇ?!時間差っすか?!?!」
「だって...だってぇ、今アツに告白された時の事思い出しちゃって...感極まった...」
「ちょっ!!ちょっとまて!!俺も思いだしちゃうだろ..もらい泣きしちまうだろ...
ほ、ほら!!和歌!!もう泣くな!!化粧が落ちるぞ?会社遅れるぞ?」
うんうん・・と私は涙を拭き拭き、アツの家を出た。
アツの家から駅までの道のり。
何度道行く人にジロジロ見られただろう・・・
さっきのプロポーズの言葉がリピートして、自然と顔が緩む。
私。アツと結婚します!!奥さんになっちゃいます!!
どんな結婚式にしようかなぁ・・・色々調べなくちゃなぁ・・・
子供の名前はどうしよう・・・
現実に近い妄想がこんなにも楽しいなんて。
この時私はまわりが見えてなかった。
改札抜けて、ホームで電車を待って・・・
電車に乗り込むのも無意識で。
だから・・・彼の視線に気付く事もなかった。
会社に着いて、まず純ちゃんに報告。
物凄く驚くかと思ったら、「あっそ」の一言で終了・・・。
「ねぇ、それよりもさぁ!!例の高校生はどぉよ?」
「ちょっと...結婚話をもっと弄ろうよ...」
「そんなの結婚するなんて驚く事もないでしょ。わかってたことだったし。そんな事よりもイケメン高校生の話が聞きたい!!」
「...奥原くんにはお金返しただけだよ。何も純ちゃんが喜ぶような話はなし。」
・・・まぁ、名前は聞かれたけども。
「...なぁんだ...つまんないの...」
「それに奥原くんと会った時、アツ...彼氏も一緒にいたしね」
「へぇ...じゃぁ、やっぱりただそれだけなんだね...。あ。そういえば。今日和歌ってお客さんのところに行くんじゃなかった?準備できてるの?」
「...あーもう8時半前かぁ。そろそろ行こうかな。今日は2件回るだけだけど、帰社するのは多分15時とかかなぁ。」
「了解。明日にでも結婚祝いのランチ奢るわ♪」
「アリガト♪んじゃぁ、いってくる~」
「いってらっしゃい♪あ!和歌、なんか、今日雨降るみたいだからかさ持ってなかったら会社の持っていきなよ?」
「...雨?今日雨降るんだ?なんか天気悪くなりそうだから一応持ってく~アリガト」
会社の窓から空を見ると、なんとなく曇り空。
朝、アツのプロポーズで浮かれてたから天気なんて全く気にしてなかった・・・
私は会社のビニ傘を1本持って外に出た。
1件目のお客様の会社を出たのが11時。
さっきよりもどんよりしだした空を眺めて、早く2件目のお客様のところへ向かうか迷う。
今から向かうと、ちょうど12時くらいには着く・・・きっと相手側はお昼休みだろうし・・・お昼時にお邪魔するのも申し訳ないよね。
少し早めのランチを取って、本屋で時間を潰そうか。
そう思って、目の前にあったカフェに入った。
ナチュラルな感じの白やベージュを基調としたカフェ。
女性客が9割を占めてるだろう。
和ランチを注文して、料理を待つ間、雑誌で時間つぶし。
インテリア雑誌やファッション雑誌、結婚雑誌まであった。
置いてある雑誌からも、やっぱりこの店は女性客ばかりなんだってわかる。
私は迷うことなく結婚雑誌を手にして、表紙から順番に捲っていった。
今流行のウエディングドレスやタキシードを見て、自分やアツが来たらどうだろう・・なんて想像して胸がキュンとする。
お料理もこんなオシャレなものばかりなんだ・・・
よく耳にする有名な結婚式場から、こじんまりとした可愛いチャペル・・・
2次会のお店特集やバルーンのお店、結婚式の日までのエステ特集・・・
結婚式って準備が色々大変なんだ・・って初めて知った。
これはアツに見せなければ・・・。
あとで本屋に行くつもりだったし、その時買おう。
今までこういう結婚雑誌なんて気にもしなかったけど、いざ自分がってなると凄く興味深い。
“お疲れ様♪今日、家来る?見せたいものあるの”
アツにそうメールを送信しようとした時、ちょうど運ばれてきたランチのあまりの可愛さにパシャリと携帯で写真を撮ってついでに添付した。
カフェを出ると、純ちゃんが言ってたように雨がぽつぽつと降り出していた。
まだ次のお客さんのところに行くには早いし、時間つぶしの為に駅前の本屋に向かった。
さっきよりも雨粒が大きくなって、傘をさして横断歩道で信号待ち。
どんよりした空を眺めて、ふと横断歩道の先に視線を向けた。
「...あ...あれって...」
横断歩道の先に傘もささずに同じく信号待ちをしている人を見つけ、驚いた。
奥原くん...?
まわりの人と頭一個分違う、遠目で見ても不思議な雰囲気を出している・・・のは、
やっぱり奥原くんだ。
奥原くんは雨を避けるわけでもなく、視線を足元に落として、ただただずぶ濡れになって立っていた。
信号が青に変わり、奥原くんはゆっくりと歩き出す。
私も、傘で顔を隠して視線を伏せながら少し足早に歩き出す。
横断歩道の真ん中らへんで、チラっと傘越しに奥原くんを見やると、奥原くんはあたしに気付
いていないようでさっきと同じように視線を足元にやったままだった。
髪も制服も雨に濡れているのにも関わらず、そんなことは気にもしていないようで・・・
私に気付いていないみたいだし・・・別に話しかける事もないか・・・
私はそのまま奥原くんと擦れ違う。
・・・だけど。
「お、奥原くんっ!!」
私のその声に奥原くんも振り返る。
「なにやってんのよ...風邪ひくでしょ?傘は?」
「あ...和歌さん」
点滅する信号に気付いて、私は自分の傘に奥原くんを入れて奥原くんの腕を引っ張りながらまたカフェの前に戻っていた。
「...どうして和歌さんが?」
「仕事で用事があったの...ってか、なにやってるのよ...」
「傘忘れたから...」
私はバッグからハンドタオルを取り出して、奥原くんに渡した。
「コンビニで買うとかしたらいいじゃない...」
「あ...家近いから別にいっかなって思って...」
「だからってこんなに濡れて...あ...ちょっと電話鳴ってるから待って...
」
私はポケットから携帯を取り出して電話に出た。
「はい...あ、お世話になります!はい、...あ...そうですか。わかりました。はい...はい...では後日日を改めます...はい、宜しくお願い致します。はい...失礼します...」
電話の主は次に向かうはずのお客さんで・・・今日は担当者が不在だという事でキャンセルになった。
「...仕事?」
「...だったんだけど、キャンセルになちゃったわ...」
「そっか...」
「ってか、奥原くんはこんな時間になんでいるの?学校は??」
「あぁ...なんか体調不良ってヤツ。」
「えぇ?熱?」
そう言って、頭を触ると髪の冷たさの下からじんわりと熱さを感じた。
「ちょっと?!熱高いんじゃないの?!こんな身体で雨に打たれて余計熱出ちゃうじゃない!」
「...かもね」
「かもね...じゃなくって...あ。ほら傘貸してあげるから急いで家に帰りなさい!」
「俺が借りたら和歌さんが今度濡れちゃうじゃん...」
「私はいいよ。後で買うから...ほら、はい、使って?」
私が傘を手渡そうとすると、ガッとその手を取られる。
「...じゃぁ、俺の家まで一緒に行って?」