今日という日は、風のひとつも吹いてこない。

しんと静まり返ったこの場所に、男は独り、佇んでいた。

──黒い髪。不規則に切り揃えられた不揃いな毛先は、四方八方に跳び跳ねている。艶やかな髪質がまるで映えていない。虚ろで光の無い両の目は虚無感に満ちて街を見下ろしている。着崩されたバーテン服はシワひとつ無い。辺りには灰色の粉が散らばっているが、これはどうやら彼がくわえている煙草の燃えカスらしかった。

男は、ただ待っていた。待っているのは若い相棒だ。いつも気分屋で賢い、ひどく自由人な白い相棒──


「……遅いねぇ。俺ちゃん、非常に暇だぁ……」


長年の煙草の吸いすぎで嗄れた声が呟く。顎が動いたことで、灰がハラハラと舞い落ちた。

また、無音の空間が訪れた。彼の呼吸音すらも騒音となりうる空間だった。煙草の煙が空しく靡いている。男の瞼がゆっくりと閉じて──また開かれた。