彼女の指は僕の背後、フェンス沿いに並んだ木の数えて五本目、その梢を指している。

(あそこに、なにか……?)

目を凝らそうとした僕が次の瞬間見聞きしたのは、

「っ、余計なことを」

いらだたしげな舌打ちと、梢からすばやく飛び出した、真っ黒いなにかだった。

いや、動体視力になら自信がある。

僕の視力と、今は開眼していない三つ目を賭けて、はっきりと言おう。

飛び出したのは、熊が立ち上がったほど巨大な、人だった。

いいや、正確には人型であって、人じゃない。

男か女の判断がつかないくらい体毛に覆われた、黒い姿。

筋肉を背負った肩に、野生の力が如実に見て取れるしなやかで逞しい四肢、そして爪。

頭部に生え立った二等辺三角形の耳に、眉間からしわが連なり突き出た鼻。

何者をも威嚇するように剥き出された無数の白い牙。

猛虎か獅子かというほど巨大な狼が、人と同じ体裁で。

どすん、という巨大な音で、運動部の部室、降り積もった大量の落ち葉、果ては僕の体まで震わせたそいつは、ぎらりとこちらを睨んだ。

狩猟を前提としている野性的な金色の眼差しが、雷撃のように背筋へ伝わってくる。