けれど、目を覚ましてみればそんなものは露も感じず、僕は結局、『六条賢一』でしかない。

朝の清々しさに、なんとなく裏切られたような気がする。

ぱちんと、また手をひたいにやった。

寝汗じゃないものが、ほんの少し滲んでいる。いやそれよりも、この疼くような感覚はなんだろう。

まるで、ひたいの中で、目がぎょろぎょろ、ぎょろぎょろと動いているような、くすぐったさ。

痛いような、痒いような、不快な疼き。

(頭痛でないだけに、気持ち悪い)

そんな風に、いっそ悪いことが起きていてくれればと、また祈りたいところへ、

「起きてる? 賢一」

ドアノックが二回、そして静かな女声が、呼びかけてきた。

壁にかかっているシルバーの丸時計を見ると、いつもならもう、朝食に下りている時間だった。

少し慌てて、ボウとしていた頭を振る。

「起きてる。すぐ行くよ」

「来てね。早く。冷えちゃうから。目玉焼き」

と、倒置法ばかりで言って、ドアの向こうから、姉さんの気配がすっと離れていく。

(あの喋り方、直らないのかな)

くだらないことに苦笑しながら、制服に着替えた。