「今姉さん、†って」

「……うそ、賢一、†を知ってるの? というか、†を聞き取れるの?」

「え、あ、うん、まあ……」

驚いたのは、だけど僕より幹だった。

自分が今不可視の状態になっていることを忘れているだろう声で、詰問してくる。

彼女の姿は僕にも見えないから、声だけがずんずんとにじり寄ってくる。

「いったいどこで†なんて知ったの、賢一。だれも説明してないはずだよ」

「いや、……ずっと前に、ある人から」

「ある人?」

「名前は知らないんだけどさ……僕の目についても、その人がいろいろ」

「なんだよー、それー」

と、見えない彼女はぼやく。後頭部で手を組んで、眉根を寄せているのが想像できた。

「それじゃあ、あたしはなかば徒労じゃないのさ。ほんと、結局なんだったんだろう、もう」

「う、ごめん……あ、で、香澄姉さんなにか言いかけなかった?」

見えない幹に頭を下げた僕は、さぞ滑稽だった気がする。