笑った唇はけれど笑っていなくて、冷めている瞳はけれど狂気を称えている。

静と動、熱と冷――相反する存在感が、彼女の中で一緒くたになっていた。


「貴様らに、一二三のなにがわかる」

一二三さんの使う代名詞が、『お前』から『貴様』に変わった。

ひたいの瞳が、怨嗟の声と共にぎょろりと紺碧を灯して現れる。

「一二三さ、」

「賢一」

幹が、僕の前に手を出した。首を数度、横に振られる。

後ろに下がっていて、とでもいうのだろうか。

でも――……いや、言う通りにしよう。僕じゃ、一二三さんに対抗できるだけの算段はない。

仕掛けたのは、幹からだった。

彼女の今の姿はいかつい大猿のようにも思うのに、地を疾走する姿はマンタの影に見えてしまった。

「っらああ!」

一喝とともに、残像を黒い三日月状に残して、幹の拳が振るわれる。

ガン! という音がした。

ひびだらけのコンクリートの上で。

「幹、上だ!」

「わかってる!!」

動体視力には自信がある僕は、一瞬で回避していた一二三さんの動きを伝えた。

もっとも、それは獣の目を持つ幹にも同じらしい。