無表情のまま、一二三さんは反応を示さない。

いったいどういうことだろう、どういうつもりだろう。

「――いや、待って」

と、幹が言った。やけに落ち着いた声――

「賢一、ボクらに戦う理由がなくても、一二三さんにはあるのかもしれないよ」

「え?」

そのトーンを、僕は知ってる。彼女が推理を始める時のものだ。

「ボクも気にはなってたんだよ。ボクが今日、一二三さんと直接対話するのを決めたのは、彼女が賢一を連れてボクを探そうとしたからだよ。でも、どうしてボクを探そうとしたんだと思う?」

突然、スイッチがは言ったように静寂の仮面をはいで、一二三さんがくすくすと肩を揺らす。

頬に被った血の斑紋が唇を濡らし、顎や首にまで垂れている。

そのさまは、あまりに狂的だ。

「少しおかしいんだ。賢一の力を教えるなら、昨日、君を風間家に運んだ時点ですべてそうすればいい」

「……僕が一二三さんの家に行ったことまで知ってるの?」

「うるさい」

やや膨れた言い方をして、彼女は続けた。狼の巨体には、やけに似合わない口調だった。