「一二三に、なにか、用?」

と、彼女は一歩、教室に踏み込んできた。

小さな足音が、たった二人きりの室内に響き……

そのあまりの静穏さで、ここは彼女の到来と同時に、異界へ変貌していることに気付いた。

そのままの意味じゃない。けれど――けれど、ここはすでに、彼女の『領域』と化していた。

僕の存在が、深海へ引きずり込まれるように圧迫され、ミシミシと悲鳴をあげている。

なぜ。
どうして。

「なにか、用?」

「っ……」

この威圧感は、なんなのだろう。


滲み出た汗が、いつのまにか手をじっとりと湿らせていた。

もう『三つ目』は閉じたし、汗が気持ち悪いから、手を下ろす。ごまかしついでに、ズボンで手をごしごしと拭いた。