僕は、

「幹、」

「なんで来たの賢一!」

「っ……」

彼女に触れようとして、その剣幕に押された。

長い鼻、耳元まで裂け、牙を連ねる口。

その喉から威嚇を示す卯なり声が響く。まるで、地獄の底から響くような声だった。

「ボクは言ったはずだ賢一……。それに聞いていたんだよね? それなのにどうして、ここへ来たんだよ。ボクは、ボクは……」

だけどそれは、咽び泣くようにすら、聞こえた。

ゆっくりと、彼女の肩に触れる。

見た目よりも、実はずっと柔らかい毛並みに驚きながら、抱き締めた。

目を、瞳を閉じて、彼女を包む。

こんなにも苦しんでいる幼馴染みを――

  ワ カ
僕が理解ってやれなくて、どうするんだろう。

けれど、それでも、

「ごめんよ幹……でも僕は、自分が何者なのか、ちゃんと自分の口で説明できるようになりたかったんだよ。

六条賢一はだれか。それは、大木高校一年二組の男子とか、六条家の長男とか、大竹幹の幼馴染みとかいうものじゃなくて、僕がいったいなにものであるのかを突き詰めたかったんだ」