「……――〝千約〟」

「え?」

「〝千約〟の魔法使い、草薙仁。彼女だけが、唯一教会に縛られてない。いいえ、教会のしがらみを無視し続けてる。自由奔放な魔法使い。あらゆる意味で、規定に収まらない人物。その名前が、草薙仁」

「草薙、仁……」

口の中で反芻させてみても、

「はは、あ~、ごめん、やっぱり知らないや。僕なんかが知ってるわけがないっていうか」

聞き覚えなんて、あるはずがなかった。

がじゃり。がじゃり。がじゃり。

真っ黒いおかずを咀嚼したのちにごくりと飲み下す一二三さんは、

「当然」

と無表情に、水筒の蓋を開けた。

嗅いだことのある香りが、ふわりと漂ってくる。

「それ、純さんのコーヒー?」

「そう」

「僕にもひとく、」

「イヤ」

即答だった。しかも言葉なかばで。

相変わらず、取りつく島を与えてくれない。

どうしてもほしいわけじゃないけど、純さんのコーヒーに気持ちを落ち着かせてくれる効能があるのはたしかだ。

一二三さんと二人きり。

こんな胃に負担のかかる状況だから、純さんのコーヒーはとても重宝するのに。