「梓の思いのままに行動してみればいいじゃん。いくら契約だといったって、何の気持ちもない人にキスなんてしないんじゃない?」

「じゃあ、遼さんも少しは私のことを思ってくれてる?」

「と、私は思うんだけどなぁ~」

そう言って身体を離すと、私の頬をぺちぺちと撫でた。

「頑張んな。いつでも私たちがついてる」

「そうそう」

反対の頬を真規子が撫でた。
遼さんへの気持ちに気づいてからずっとずっと我慢していた涙が、堰を切ったように溢れだした。

土曜日以降、店に行くのが辛かった。
遼さんはあの店のバーテンダーでありオーナーだ。お客様に丁寧に接するのは当たり前。それは相手が男性だろうが女性だろうが、優しい笑顔で対応していくのは当然なのに、よく見る女性客と親しそうに話していると胸が苦しくてしかたなかった。
でも本当の彼女じゃない私が泣くというのは、お門違いだと思っていたのだ。
だから店ではもちろん、家でひとりになっても我慢した。
お風呂に入ると気が緩みウルッときた時も、熱いシャワーで洗い流した。

でも今日はもう無理……。

遼さんが与えてくれる温かさとは違う温かさに包まれ、安心できる自分がいた。
もう絶対にしないと決めていた恋だけど、二人がいてくれるから頑張れそうな気がする。
涙でぐちゃぐちゃの顔を上げ二人を見つめると、まるで母親のような笑顔で見つめ返してくれる枝里と真規子。

「私……もう一度、恋……できるかなぁ」

「当たり前でしょっ!!」

真規子がもらい泣きしながら言う。

「私はね、梓。あんたにもう一度、恋をして欲しかった」

枝里が“梓なら大丈夫”と目で訴えながら言う。

うんっと大きく頷くと立ち上がり、二人をギュっと抱きしめた。

「私、明日から頑張ってみる。結果はどうなるか分からないけど、自分から動いてみるよ」

三人泣き笑いで抱き合っていると、オーナーがハンバーグを運んできた。
そして私達の光景を見て固まっていたのは、言うまでもない……。