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「こういうのって何旅行って
言うんでしょうねぇ」

いつもの如く
神村が経営する雑貨店のソファーを陣取り
刑事、岡崎がいう

手にはドーナツと
反対側にはエアメールに添えられていた
写真があった

「やっぱり、新婚旅行なんじゃないの?
だって、式はあげてなくても
籍は入れたんだし……」

と、向かいの席に座り
同じくドーナツを頬張る神村

「一ノ瀬 美雨かぁ……
少しは岡崎 美雨とか
考えてたんですけどねぇ」

相変わらず、どこまで本気なのか
わからない様子で
岡崎は言った

「でもまあ、
あの杜くんが美雨ちゃん連れて
実家に挨拶に行くとはねぇ
心底惚れた女が出来ると
男ってのはただの男になるって
もんだよね
はっはっはっ」

豪快に笑う神村

「だけど
一ノ瀬さんご夫婦もよく
許しましたよね、杜さんの事
散々、家を出て好き勝手してたというのに
やっぱり、茶の道を極める人は
お心も広くてらっしゃる」

「美雨ちゃんに聞いた話だけど
怒鳴られたらしいよ
親父さんに
だけど、杜くん、嬉しかったらしくてね
父親に本気で怒られたのは初めてだって
それに、あの継母が杜くんを
かばったらしいしね」

「あの、継母が?」

「そう、
今や世界にも名が広がりつつある
画家、一ノ瀬 杜なんだから
もういいじゃないかって
一ノ瀬の家にとっても損はないって」

「はっはっはっ
実にあの継母の言いそうな事ですね
だけど、あの方なりの
お優しさなんでしょう」

と、岡崎は言うと

「ところで
珈琲のお代わりを……」

いつもの変わらぬ風景がそこにはあった
相変わらず
のらりくらりと雑貨屋を経営する神村

そして
仕事の合間にふらっと現れては
飄々とした態度で好き勝手な事を言う岡崎

そんな二人の間にあるテーブルの上には
ロシアのエルミタージュ美術館の前で
にこやかに笑う美雨と
仏頂面の杜とが並んで写る写真が
置かれてあった