「それから、ケータイは、切らないこと」
「…………」
「わかったな」
お兄さんは、ポンポンッとかずくんの肩を叩いた。
「じゃあ、急いで、撮影用の衣装に着替えて……。
……っと……。
ちょっと待った。
カズ……。
その子……誰?」
お兄さんは、ようやく気がついたとでも言うように……。
目を見開いてあたしを見た。
それから……その視線を下におろす。
その瞬間、そのお兄さんは、明らかに息をのんだ。
「……っ」
それは、きっと……かずくんがあたしの手を握りしめているのを見たから。
そりゃ……そう……だよね。
かずくん……。
モデルさん……なんだもんね?
さっきのお姉さん達も言ってたし。
人気だって、あるんでしょ?
そのかずくんが……女の子の手を掴んで、こんなところに連れてくるとか……。
「カズ。
もう一度聞く……。
その子は……誰なのかな?」
お兄さんの声が震えるのも当然だ。
それに、こんなところ。
部外者がうろうろしていていい場所じゃないだろうし。
受付も、その他もろもろ……かずくんは強引に突破してきたけど……。
「誰って……。
もちろん、彼女です」
こんな言い訳が、今回も通用するとは、思えない。
「……え?
彼女っ!?」
お兄さんの大声が、スタジオ中に響き渡った。
その声の大きさに、“なにごとか!?”って感じで、一斉にみんながあたし達を振り返る。
でも、お兄さんは、慌てふためいているようで、みんなの視線に気がつかないみたい。
「はぁ? カズ。
それは、マズいだろ。
彼女は作らないって約束、事務所としてるだろ!?」
さっきと同じ大声をはりあげ、かずくんの腕を掴んだ。
すると……。
「は?
べつに。
つか、彼女作るのがダメなら、今すぐ、オレ、やめるけど?」
お兄さんにくるりと背中を見せるかずくん。
「オレ、心優がいなきゃ、撮影もしねぇし」
それには……。
「はぁ!?」
「えっ!?」
あたしとお兄さんの声が、ハモった。
だって、かずくん……。
べつに、あたしのこと……。
好きでもなんでもないでしょ!?
本気で……あたしのこと……。
彼女なんて……思ってないでしょ!?
それなのに、どうして……。
「司は彼女作ってんのに。
どうしてオレは、ダメなんだよ」
どうして、こんなことを言うの!?
びっくりしすぎて、なにも言えないあたしの横。
「それくらい……わかるだろ」
多少冷静さを取り戻したのか、お兄さんは小声で言った。
「アイツと違って、今、おまえは大事な時期なんだよ」
「…………」
「ドラマだって、映画だって、オファーがあって。
人気だって、うなぎのぼりのこの時期に。
彼女がいることがバレてみろ。
人気なんて、すぐに落ちる」
「…………」
「それでもいいのか?」
なにも言わないかずくんを、お兄さんは諭し続ける。
「なぁ? カズ。
それに……。
マネージャーの俺の立場も考えてくれよ」
「……………」
「おまえは、社長のお気に入りだから。
ミスるわけには、いかないんだよ」
最後は、泣き落とし? と思うような嘘泣きまで披露して。
それから、マネージャーさんは、あたしの肩をポンと叩いた。
「……というわけで。
キミ、今すぐ、カズとは別れて」
「…………」
えっと……。
この場合、あたしは、なんて答えたらいいんだろ?
もともと、ね?
かずくんと付き合ったのは、かずくんと付き合わないと、煌にあたしの秘密をバラすって言われたからだし。
かずくんのことが好きで付き合ったわけじゃないから、いつでも別れていいんだけど……。