ヤンキー王子とラブレッスン④【完】

「それから、ケータイは、切らないこと」


「…………」


「わかったな」


お兄さんは、ポンポンッとかずくんの肩を叩いた。


「じゃあ、急いで、撮影用の衣装に着替えて……。
……っと……。
ちょっと待った。
カズ……。
その子……誰?」


お兄さんは、ようやく気がついたとでも言うように……。


目を見開いてあたしを見た。

それから……その視線を下におろす。


その瞬間、そのお兄さんは、明らかに息をのんだ。


「……っ」


それは、きっと……かずくんがあたしの手を握りしめているのを見たから。


そりゃ……そう……だよね。


かずくん……。


モデルさん……なんだもんね?


さっきのお姉さん達も言ってたし。


人気だって、あるんでしょ?
そのかずくんが……女の子の手を掴んで、こんなところに連れてくるとか……。


「カズ。
もう一度聞く……。
その子は……誰なのかな?」


お兄さんの声が震えるのも当然だ。


それに、こんなところ。


部外者がうろうろしていていい場所じゃないだろうし。


受付も、その他もろもろ……かずくんは強引に突破してきたけど……。


「誰って……。
もちろん、彼女です」


こんな言い訳が、今回も通用するとは、思えない。





「……え?
彼女っ!?」


お兄さんの大声が、スタジオ中に響き渡った。


その声の大きさに、“なにごとか!?”って感じで、一斉にみんながあたし達を振り返る。


でも、お兄さんは、慌てふためいているようで、みんなの視線に気がつかないみたい。


「はぁ? カズ。
それは、マズいだろ。
彼女は作らないって約束、事務所としてるだろ!?」


さっきと同じ大声をはりあげ、かずくんの腕を掴んだ。
すると……。


「は?
べつに。
つか、彼女作るのがダメなら、今すぐ、オレ、やめるけど?」


お兄さんにくるりと背中を見せるかずくん。


「オレ、心優がいなきゃ、撮影もしねぇし」


それには……。


「はぁ!?」
「えっ!?」


あたしとお兄さんの声が、ハモった。
だって、かずくん……。


べつに、あたしのこと……。


好きでもなんでもないでしょ!?


本気で……あたしのこと……。


彼女なんて……思ってないでしょ!?


それなのに、どうして……。


「司は彼女作ってんのに。
どうしてオレは、ダメなんだよ」


どうして、こんなことを言うの!?
びっくりしすぎて、なにも言えないあたしの横。


「それくらい……わかるだろ」


多少冷静さを取り戻したのか、お兄さんは小声で言った。


「アイツと違って、今、おまえは大事な時期なんだよ」


「…………」


「ドラマだって、映画だって、オファーがあって。
人気だって、うなぎのぼりのこの時期に。
彼女がいることがバレてみろ。
人気なんて、すぐに落ちる」


「…………」
「それでもいいのか?」


なにも言わないかずくんを、お兄さんは諭し続ける。


「なぁ? カズ。
それに……。
マネージャーの俺の立場も考えてくれよ」


「……………」


「おまえは、社長のお気に入りだから。
ミスるわけには、いかないんだよ」


最後は、泣き落とし? と思うような嘘泣きまで披露して。


それから、マネージャーさんは、あたしの肩をポンと叩いた。

「……というわけで。
キミ、今すぐ、カズとは別れて」


「…………」


えっと……。


この場合、あたしは、なんて答えたらいいんだろ?


もともと、ね?

かずくんと付き合ったのは、かずくんと付き合わないと、煌にあたしの秘密をバラすって言われたからだし。


かずくんのことが好きで付き合ったわけじゃないから、いつでも別れていいんだけど……。