ヤンキー王子とラブレッスン④【完】

手をのせられた方向、斜め上にある五十嵐くんの顔を見あげると……。


「その冷静な顔。
いつまで続くか、楽しみだな」


五十嵐くんは、口元をニヤッと歪めた。


そして……。


「んじゃ、行くか。
ミステリースポット探検とやらに。
結末を教えてやらなきゃいけないからな。
ひとりだけ逃げた、ズルい三橋さんに」


そう言ってクスクスっと笑うと、五十嵐くんはあたしの手をキュッと掴んで、歩き出した。





「あ、そうだ」


廃墟と化した病院の中、数歩歩いたところで、五十嵐くんがあたしを振り返った。


「心優。
こうして俺と手ェ繋いでるのと。
俺の腕につかまってるの、どっちがいい?」


そんなことを言いながら、五十嵐くんは、掴んだあたしの手をぷらぷら振った。


「俺はどっちでもいいから、心優に選ばせてやるよ」


「……っ」
そう言われると……。


「んー……」


迷うなぁ……。


こうして手を繋いでるだけでも幸せだけど……。


もしかしたら、五十嵐くんの腕につかまったほうが、もっと幸せ?


でも、そんなことしたら……。


きっと、あたし、心臓がもたない!!


だから……。
「こっ……。
このままでいい……」


あたしは、もごもごっと口を動かした。


「ふーん。
じゃ、このままで」


キュッと……あたしの手を握りなおす五十嵐くん。


「だけど、俺の腕につかまりたくなったら、いつでも言えよ?」


優しい声でそう言って、五十嵐くんは暗くて長い廊下を歩き出した。
元病院らしく……何十年も前の建物なのに、消毒液の匂いがする。


そんなの……ここのアトラクションの演出だと思うけど……。


それでも、あまり気持ちのいいものじゃない。


あたしは、大好きだったおばあちゃんが亡くなったときのことを思い出した。


おばあちゃん……。


今、天国で……なにしてるかな?


会いたいなぁ……。


そんなことを考えると、心が妙にしんみりして、あたしは唇をかみしめた。

細く暗い廊下は、延々と続く。


途中、崩れかけた部屋がたくさんあって、チラッとのぞいたけど、なんにも起こらなくて……。


あたし達は、2階へと続く階段をのぼり始めた。


「もしかして。
このままなにも起こらないとか……。
あるかなぁ?」


そんなひとり言を口にすると……。


「心優、それ、斬新!」


あたしをチラッと振り返り、五十嵐くんは短い口笛をピュッと鳴らした。

「余裕あるな。
のぞみとは、大違いだ」


「……え?
のんちゃんは……?」


「ここの時点で、もう俺にしがみついて号泣してた」


「そっかぁ……。
うん。
のんちゃんなら、そうかも……」


だって、小学校のときの林間学校の肝試し。


あれも怖いからって、行かなかったし。


でも結局、ひとりで待ってるのも怖いって……。
みんなの後を追いかけて。


お化け役の先生におどかされて、腰を抜かして、大泣きしてたっけ。


なつかしい……。


そんな懐かしいことを思い出して、くすくすっと笑っていると……。


「へぇ、ココ。
すげぇ変わってる」


五十嵐くんは、面白そうな声をあげた。


「……え?
なにが……変わってるの?」


五十嵐くんの声に、ひょいっと2階の廊下をのぞきこんだけど……。
特別変わっている様子はない。


病院系のお化け屋敷のアトラクションって、みんなこんな感じだと思うけど?


そう思いながら、五十嵐くんの顔を見あげると……。


「あー、違う、違う」


五十嵐くんは、首を横に数回振った。


「俺が言ってるのは、リニューアルしたんだなってこと。


そりゃそうだよな。
俺が来たのは、ガキの頃だし。


あの頃とは変わってて、当然だよな」