ヤンキー王子とラブレッスン④【完】

さっきの三橋さんの話、心底信じちゃってるみたいだし。


そんな人達には……なにを言っても、無駄だよね?


……というか、むしろ、なにも言わないほうがいいよね?


だって、小学校の林間学校かなんかの肝試しのとき……。


さっきみたいなことをあたしが言ったら……。


「心優ちゃん、ちょっと怖くないからって、それ自慢!?
超感じ悪い!!」


……とかなんとか、めちゃくちゃなことを言われて、仲間はずれにされたことがあったし。
うん……。


やめとこう……。


そんなことを……パニくる女の子達を見ながら思ったとき……。


「へぇ、心優は。
マジで、ここ、怖くないんだ?」


ぽふっと。


頭の上に、大きな手のひらが落ちてきた。


「ん……。
まぁ……。
気味が悪いとは思うけど……。
怖くて泣いちゃうとかは、ないよ」
手をのせられた方向、斜め上にある五十嵐くんの顔を見あげると……。


「その冷静な顔。
いつまで続くか、楽しみだな」


五十嵐くんは、口元をニヤッと歪めた。


そして……。


「んじゃ、行くか。
ミステリースポット探検とやらに。
結末を教えてやらなきゃいけないからな。
ひとりだけ逃げた、ズルい三橋さんに」


そう言ってクスクスっと笑うと、五十嵐くんはあたしの手をキュッと掴んで、歩き出した。





「あ、そうだ」


廃墟と化した病院の中、数歩歩いたところで、五十嵐くんがあたしを振り返った。


「心優。
こうして俺と手ェ繋いでるのと。
俺の腕につかまってるの、どっちがいい?」


そんなことを言いながら、五十嵐くんは、掴んだあたしの手をぷらぷら振った。


「俺はどっちでもいいから、心優に選ばせてやるよ」


「……っ」
そう言われると……。


「んー……」


迷うなぁ……。


こうして手を繋いでるだけでも幸せだけど……。


もしかしたら、五十嵐くんの腕につかまったほうが、もっと幸せ?


でも、そんなことしたら……。


きっと、あたし、心臓がもたない!!


だから……。
「こっ……。
このままでいい……」


あたしは、もごもごっと口を動かした。


「ふーん。
じゃ、このままで」


キュッと……あたしの手を握りなおす五十嵐くん。


「だけど、俺の腕につかまりたくなったら、いつでも言えよ?」


優しい声でそう言って、五十嵐くんは暗くて長い廊下を歩き出した。
元病院らしく……何十年も前の建物なのに、消毒液の匂いがする。


そんなの……ここのアトラクションの演出だと思うけど……。


それでも、あまり気持ちのいいものじゃない。


あたしは、大好きだったおばあちゃんが亡くなったときのことを思い出した。


おばあちゃん……。


今、天国で……なにしてるかな?


会いたいなぁ……。


そんなことを考えると、心が妙にしんみりして、あたしは唇をかみしめた。

細く暗い廊下は、延々と続く。


途中、崩れかけた部屋がたくさんあって、チラッとのぞいたけど、なんにも起こらなくて……。


あたし達は、2階へと続く階段をのぼり始めた。


「もしかして。
このままなにも起こらないとか……。
あるかなぁ?」


そんなひとり言を口にすると……。


「心優、それ、斬新!」


あたしをチラッと振り返り、五十嵐くんは短い口笛をピュッと鳴らした。

「余裕あるな。
のぞみとは、大違いだ」


「……え?
のんちゃんは……?」


「ここの時点で、もう俺にしがみついて号泣してた」


「そっかぁ……。
うん。
のんちゃんなら、そうかも……」


だって、小学校のときの林間学校の肝試し。


あれも怖いからって、行かなかったし。


でも結局、ひとりで待ってるのも怖いって……。