ブラック王子に狙われて②



絢は膝の上に置いた指先を絡めて、視線を泳がせ始めた。

そんなに言い辛いことなんだろうか?


「カウントするぞ」

「えっ?!」

「い――――――ち」

「あっ……えぇっと……」

「に――――――い」

「う~んっ………」

「さ―――――「あのねっ!」


久しぶりにカウントしたけど、

別に3秒とは言ってない。

だけど、もう完全に体に記憶されてるんだろうな。

絢は3秒で答えを出して来た。


「大学に通うようになると、2人きりの生活がスタートするでしょ?」

「ん」

「一緒にいる時間が増えると、きっと嫌な所とかも見えると思うんだよね?」

「……で?」

「だから、例え喧嘩したとしても、その日のうちに解決しよう?」

「俺に謝れってとこ?」

「え、あっ、違う違うっ!私が悪ければちゃんと謝るし。そうじゃなくて、次の日に嫌な気分を持ち越したくなくて」

「あっ……ん」

「だからね?……浮気、本気?よく分からないけど、気持ちが変化してもちゃんと話し合いたいってことなんだけど」

「ん、……いいよ。ってか、それが普通じゃね?」

「そうなの?」

「それに、3年と言わず、俺はその先もずっと一緒にいるつもりだけど?」

「っ//////」




プロポーズはまだだけど、一応、婚約したわけだし。

将来を見据えて、大学先も拘って決めたわけだし。

大学の寮に入ったり、別々の生活拠点を設定することだって出来るけど。

俺の中では、既に絢は必要不可欠な存在だし。

ずっと一緒にいたくて、毎日勉強仕込んでんだから

簡単に手のひら返すみたいなことはできねぇし、

例え、絢が俺に愛想尽かしても、

簡単には手放したりしない。


「もう1つは?」


カフェオレを口にして、カップ越しに彼女を捉える。


「慧くんのお願いごとは?」

「は?……あぁ、……ん」


合格したら……ということになってるやつな。

3つ貰ったうちの1つは決定済みだけど。


「慧くんのお願いごと聞いたら、3つめを話すよ」


へぇ~。

なんか、頭使うようになったな。

俺の出方を見極めるとか……。

そういう駆け引きできるようになったんだ。

面白れぇ。


「3つ、……貰っていいんだよな?」

「うん」

「じゃあ、とりあえず、1つしか決まってない」

「……何?」


絢は、胡坐を掻く俺に体ごと向きを変えた。



「名前で呼んで」

「??……呼んでるよ?」

「くん、要らない。付けなくていい」

「ッ?!……無理っ、無理むりムリッ!」

「拒否権なしのご褒美券じゃねぇの?」

「っ……」


大学に進学したら、無条件で海外の人と友人になるわけで。

海外なら、当然『くん』だなんて使わない。

『Kei』と呼び捨てにされるわけで、

親しくもない友人からでも当たり前で。

今は気にしてないし、思いもしないだろうけど。

絶対、その場になったら、

コイツは臍を曲げるに決まってる。

それほど仲のいい相手でなくても

俺が『Kei』と呼ばれることを。

だから、今から……。

絢にも『慧』と呼び捨てにして貰いたい。


「海外じゃ、名前を呼び捨てにするから」

「……うん」

「絢の知らない女に、俺が呼び捨てにされてて平気か?」

「っ……」

「だから、今のうちから絢は練習しとかなきゃ」

「うぅっ……」

「試しに呼んでみ?」

「ッ?!」


くりっと大きな瞳が更に見開いた。

その瞳が微妙に揺れてる。


「ん、いいから言ってみ?」

「………け……ぃっ//////」

「よく出来ました」


ぎこちないけど。

まっ、こんなもんでしょ。

照れる絢の頭を優しく撫でてやる。



無事に選考試験をクリアした私は、

ご褒美券22個あるうちの3つを消費することにした。

1つめはお揃いのスマホ。

今のスマホがだいぶ古くなって来たから、

大学へ進学する際に新調する予定になってて。

慧くんママに尋ねたら、

慧くんのスマホも2年くらい使ってるらしくて。

そろそろ買い替え時だと教わったから。


2つめは、喧嘩を翌日に繰り越さないこと。

ゆずとユウくんがそのルールを採用したら

前より断然関係性がよくなったと言っていた。

ゆずからの受け売りだけど、

正直、私も同じことを考えていた。


俺様気質で、ちょっと天邪鬼な性格の慧くんだから

拗ね始めると、ちょっと手に負えない。

私が謝るか、甘えたら許してくれるけど、

この先、将来的にずっと一緒にいるなら

もっとしっかりと地盤を固めた方がいいと思って。


それじゃなくても、海外には魅力的で美人で

私なんかよりグラマラスな女性がわんさかといるし。

慧くんが目移りするんじゃないかと、不安でいっぱい。

今はよくても、この先は分からないから。

慧くんとの関係性を、もっとしっかりと築いておきたくて。



慧くんからのお願いごとは、『名前』を呼び捨てにすること。

事情を聞いたら納得なんだけど、

『慧くん』って呼ぶのだって恥ずかしい時があるのに、

ハードルが一気に上がって……。

確かに、見知らぬ女性から呼び捨てにされてる彼を

何の感情もなく生活するのは、たぶん無理。

絶対大小の差はあれど、嫉妬すると思う。


だから、彼の提案は返って有難い。

彼女なのに、私が呼び捨てにしてないのに

馴れ馴れしく彼を呼び捨てにされたら、絶対凹むもん。


直ぐには無理でも。

少しずつ努力しようと思う。

彼の一番傍にいる女性が、私であって欲しいから。


「絢の、……3つめは?」

「………えっとね」


言える?

いや、無理じゃない??

脳内ではちゃんと、何度もシュミレーションしたけど。

いざ、本人目の前にしたら、言える気がしない。


「メールじゃダメ?」

「どういうこと?」

「言いづらくて」

「……そういう系なの?」

「………たぶん」


そういう系……って、どういう系??

まぁ、慧くんの脳内で弾き出した答えは、

それほど間違ってないというか……。

あ゛ぁぁぁあああッ!!

なんて切り出そうっっっ。



「紙に書くか?」

「へ?」

「LINEでもいいけど」


彼の表情は至っていつも通り。

私だけが焦っているというか。


彼がスマホをポケットから取り出したのを見据え、

私も鞄の中からスマホを取り出す。

すぐ隣りにいる彼にメッセージを送ろうと

脳内のあるワードを入力しようと試みるんだけど、

それすら出来そうにない。

だって、それを打って送信したら、

ガツガツした女だと思われたら嫌だもん。


「カウントするぞ」

「えぇぇぇぇ~~っ!!」


こういう時に限って彼は意地悪にカウントする。

さっきもカウントされたばっかりなのに。

ここ最近、優しい王子様スタイルだったから

すっかり忘れてた。

彼がドSな腹黒俺様王子だという事を。


「い――――――ち」

「えっ、ちょっ……待ってっ…」

「に――――――い」

「ちょっとぉぉぉ~~っ」

「さ―――――「もうっっ!!」


降参。

彼には口で勝てそうにない。

いや、勉強でも容姿でも、だけど……。

勝ち目のない勝負はするだけ無駄だ。


フゥ~~ッと大きな溜息を溢して、彼を真っすぐ見据えた。



「今後というか……、海外に行っても」

「……ん」

「今まで通りというか、これまで以上にというか……」

「はっきり言え」

「うっ……」


怖いこわい。

瞳の奥を読んでいるような視線。

心臓が飛び出しそうなくらい、暴れ出して。

選考試験の時並みに、緊張して来た。


ごくりと生唾をのみ込んで。

胡坐を掻いてる彼の脚の上に手を乗せた。


「毎日……」

「……毎日?」

「……うん」

「……ん?」


小首を捻る彼に近づき、唇の端に触れるだけのキスをした。

当然、彼は驚いて。

完全に硬直して私をじっと見つめてるんだけど。


「最近、……これっ、しない日もあるからっ//////」

「フッ。……していいの?」

「へ?」

「毎日は嫌かと思って、我慢してんだけど」

「っっっ//////」

「していいなら、遠慮なくする」

「//////」


脚の上に置いた手を掴まれ、彼へと引き寄せられた。

もう片方の手が後ろ首を捕らえ、顔を傾けた彼が近づいて来た。

これ以上は見てられないっ//////

熱の籠った視線を向けられ、圧倒された私はぎゅっと瞼を閉じた。



数日ぶりのキス。

柔らかい唇の感触と艶めかしく漏れる音。

角度を変えながら、絡め取られる魅惑的な感触。

彼の熱い吐息が隙間から漏れ出して。

後ろ首を支えている指先が僅かに浮上し、

髪の地肌を優しくとらえて。


余韻を残すようにゆっくりと離された唇。

名残惜しむかのように瞼を持ち上げると。


「この先、してもいいの?」

「ふぇっ?……っ//////」

「ダメ?」

「//////………ママが、そのうち帰って来るよっ//////」

「帰って来ても、ご馳走作りに専念すると思うけど?」

「っっっ//////」


それはそうかもだけど……。

だからって……。


「えっ、ちょっ……とぉっ//////」


既にブラウスのボタンを外し始めてる//////


「ちょっとだけ、……な?」

「///////」


覚悟はしてる。

だって、毎日キスをおねだりしたんだもん。

それだけじゃ済まないことも承知の上。

健全な18歳の男子高生だもん//////

何も求められない方が不安になる。


「えっ、何、このブラ。めっちゃエロいんだけど」

「っ//////……そういうことは、お口チャックでっ//////」



12月24日、絢と迎える3度目のクリスマス・イヴ。

修了式ということもあって、

誰しもちょっと気持ち的にハイになり易いんだけど。

俺の隣りを歩く、コイツはそれとは違い、

何だかさっきから眉間にしわを寄せてる。


というのも、選考試験に合格した絢と俺を両家の両親が気遣い、

冬休み中に両家で旅行に行こうという話になったんだけど。

結納も済ませてるし、卒業後の進路も決まってるから

当然、ハッピーな感じでルンルンするかと思っていたら。


「けっ……ぃ(くん)、お口チャックしててっ!!」


俺の家で、スマホを立ち上げ

ニ十分前からずっとこの調子。

ユウにメール入れたら、

13時半から、芸能事務所の『Rainbow Bridge』から

クリスマスプレゼントで生歌配信があるらしくて。

その事務所の今一番の売りである『SëI』が歌うだろうと、スタンバイ中。

何でも、歌うアーティストはシークレットになっていて。

ワクワクするけど、『SëI』でありますように……的にずっと拝んでる。

俺の目の前で。

まぁ、俺を呼び捨てにするのを頑張ってくれてるから、100万歩譲ってやるけど。