GWがあっという間に終わってしまった。
人混みが大嫌いな彼氏を持つと
どこどこ行きたいとは言いづらい。
だけど、そんな彼でも少しは譲歩してくれて。
映画館と公園ピクニックはして貰えた。
残りはお互いの家を行き来しただけだけど。
別にどこかに行きたい!という所があるわけじゃない。
目の前に、隣りに、手の届く場所に
彼がいてくれれば、それでいい。
あんなハイスぺ男子の王子様が彼氏なんだもん。
高望みしたら罰が当たる。
ペアリングを毎日着けてくれてるし
頻繁に朝、迎えに来てくれるし。
一緒に帰れる日は、男友達との約束より優先してくれる。
だから、文句は言わない。
「絢、達則くん、1時間くらい遅れるって」
「そうなんだ」
「予習復習でもしときなさい、中間テスト近いんだから」
「ぅっ……」
今月末にある中間テスト。
去年に比べたらだいぶ成績も上がってるんだけど
慧くんに比べたら全然。
中の上くらいじゃねぇ……。
彼の彼女として威厳を保つためにも頑張らないと。
机に向かって苦手な数学の練習問題を数問解いた所で
急に睡魔に襲われて来た……。
ダメダメ、起きないと………。
必死に目を見開いて、肩を回して努力してみたけれど
結局、睡魔に負けてしまった。
ん?
今何かが触れたような、刺されたような。
「おっ、起きたか?」
「あ、たっちゃん」
「すげぇ顔。でこにくっきり寝痕付いてんぞ」
「えっ、嘘っ!?」
鏡で確認すると、見事におでこに線が……。
「いつ来たの?」
「少し前」
「起こしてくれればよかったのに」
「起こしたよ。絢がぐっすり寝てて起きなかったんじゃん」
「え、……ごめん」
シャーペンの先で頭をツンツンされた。
あ、さっきの刺された感覚。
これ……だったのかな?
「テストの範囲ってどこら辺?この辺りか?」
机の上に置かれている教科書を眺め、
たっちゃんはペラペラと捲り始めた。
「あ、そうそう。そこにこの公式使って……」
たっちゃんの教え方は慧くんとは違い、
スパルタではない。
どちらかというと、学校の先生に近くて
基本的に同じところを分かるまで何度も説明してくれる。
慧くんの教え方は、結構スパルタで
公式の使い方は教えてくれるけど
説明は分かるまで何度も繰り返すタイプじゃない。
だけど、それが私に合ってるのか
たっちゃんの教え方ではちっとも頭に入らない。
脳の中も慧くん仕様になってるのかな?
慧くんだと、説明①で分からないなら
説明②を挙げてしてくれるし、
それでもダメなら説明③みたいに
色んな角度から分かるまで説明してくれる。
学校の授業を聞いてて分からないように
たっちゃんの説明聞いても、ある程度しか覚えられない。
こんなんで成績上がるのかな?
教育学部専攻してるけど、
結局は基本の教え方で、
私みたいな偏屈王の脳みそには適応しないんじゃ?
「解く時間もだいぶ早くなったな」
「……うん」
放課後。
絢の教室に迎えに行く。
「絢、帰るぞ」
「「「キャァァァアアァ!!!」」」
耳痛っ。
近くで鼓膜が破れそうなほど大声出すなって。
ってか、近すぎんだろっ。
離れろって。
「け、……慧、…くん」
ほら、……絢が近寄れねぇじゃん。
「ごめんね、俺ら帰るから」
「「「えぇぇぇぇ~~っ?!」」」
「また明日。気を付けて」
「「「カッコイイ~~~」」」
うぜぇ。
耳を劈く声が廊下中に響き渡る。
「ほら、行くぞ」
教室の入口で縮こまってる絢の手を掴んで
一目散にその場から離れる。
「何でボーっと突っ立ってたんだよっ」
「だって……あの子達掻き分けて近づけないよ」
「彼女なんだから堂々としてろ」
「でも……」
絢はいつになっても『自分は彼女に相応しくない』とか
要らぬことを延々と考えてんだよな。
こんなにも絢しか見てねぇってのに。
本人は全く気付いてねぇ。
「慧くん」
「ん?」
「勉強、大変?」
「ん~……そこそこ」
「そっか」
自宅に絢を連れ込んで
飲み物を手にして2階の自室へと。
絢はいつものようにラグの上にちょこんと腰を下ろした。
「何か今日は暑いねぇ~」
「エアコン付けるか?」
「あっ、いいよ、別に。……窓開ければ」
絢は窓を少し開けて、再びラグの上に座った。
ブラウスの襟を少しパタパタと煽いだ、その時。
背中に近い、後ろ首の下辺りに傷のようなものを見つけた。
ソファーの上に座っている俺からは見下ろす形で
目の前にいる彼女の後ろ姿がよく見えていて。
……どこかにぶつけたんだろうか?
白い肌だからそれが異様に目立って目についた。
1.5リットルのペットボトルから烏龍茶をコップに注いだ絢。
「慧くん、はい、どうぞ」
「あ、サンキュ」
いつもと変わらない。
痛みは無さそうだけど。
GW頃から急に気温が上がって来たから
虫にでも刺されたんだろうか?
「絢、背中、虫に刺されたのか?」
「え?……背中?」
「ん、赤くなってる」
「ん~……特に刺されてないと思うけど」
絢は首を傾げた。
「絢」
自分が座ってる横を叩いて彼女を呼び寄せる。
不思議そうな顔した彼女が隣りに腰を下ろした。
そんな彼女の襟を抓んで
中を覗くみたいにそっと広げた、次の瞬間。
ッ?!!!
何だ、これ……。
キスマークじゃん。
ってか、俺、こんなところに付けた覚えない。
そもそもここ数日、そういうことしてないし。
だとしたら、どうして付いてんだよッ!!
ってか、誰に付けられたんだよっ?!
いつ?
昨日??
俺の見間違いかと思い、何度も確認する。
……見間違いじゃないらしい。
「絢、これ、どうした?」
「え?……何かに刺されてるの?」
自分じゃ見えないところだって。
襟を掴んで見ようと首を振ってる彼女を見据え
怒り心頭なんですけど、……俺。
俺様の女に手を出した奴はどこのどいつだよッ!!
ってか、絢も絢だろっ!
こんなもん付けられてて気づかねぇとかありえねぇ。
しかも、こんなところに付けるって
服脱いだのか?脱がされたのか??
はぁぁぁぁぁあああ?!
いや、それもブチ切れんだけど、
そもそも、こういうのを付けられる状況を作ってる時点で
どーなんだって!!!!
男と2人きりにならなきゃ、
ぜってぇ付かねぇだろっ!!
イライラ……イライラ……
奥歯をギリギリと噛み締め、
腸煮えくり返るっつーのッ!!
「洗面所の三面鏡で見て来い」
「え?………うっ、うん」
俺の形相を、空気を読んだようで
怯えるように駆けて行った。
犯人は誰だ。
『やっくん』って呼んでる奴か?
いや、でも、
今日購買ですれ違った時は
そんな素振り微塵も見せなかったぞ、アイツ。
普通、付けてたら
挑戦的な視線浴びせて来るもんじゃね?
だとすると、誰?
俺の知らない男がいんのかよっ……。
「けっ、……慧…くんっ」
腕組して、冷視線を突き刺す。
絢は油断があり過ぎるんだつーのっ!
俺にはあってもいいけど
他の奴の前じゃ、
鉄壁でいて貰わねぇとマジで困るんだって。
「ぅっ……う゛っ……」
自分の目で見て、漸く理解したらしい。
衝撃的な事実を知った絢は
大きな瞳から大粒の涙を溢す。
「ごっ……めん、な……さいっ」
「俺に謝るようなこと、したのかよ」
動揺しまくる彼女は、
俺の問いにブンブンと顔を横に振った。
「じゃあ、なんでそんなとこに付いてんの」
沸点越えて完全に蒸発してる俺の理性。
優しい声音で聞くのは、もはや無理。
今すぐ勝手に付けられた『らく印』を消したいのに。
泣き崩れる絢を視界に捉え
紙一枚の所で体を制御して。
じゃなきゃ、今すぐめちゃくちゃにしちゃいそうで。
泣こうが喚こうが、
そんなこと気にしてられるほど、大人じゃない。
目に入れても痛くないほど
大事な彼女が、誰かに汚されたってことを
受け止める余裕が今の俺には無い。
絢が浮気するとは思ってねぇけど
俺と絢との関係を知ってても
絢に近づこうとする男がいることは知ってる。
科も違うし、帰りが違う日もあるから
『別れるかもよ?』という噂が耳に入って来る。
別れるわけねぇだろっ!!
だけど……。
「ここに座れ」
腕組してるから、顎で指示を出すと
怯えながら俺の元に歩み寄る絢。
喧嘩したいわけじゃない。
怒り散らして殴ろうとか思ってるわけじゃない。
さすがの俺だって、
大好きな彼女に暴力は振れねぇ。
けど……。
この怒りと焦りと、
何とも言えない恐怖感は治まりそうになくて。
俺の横にちょこんと腰を下ろした絢は、
膝の上で両手をぎゅっと握りしめ
その手の上にポタポタと涙が零れ落ちる。
「誰に?」
「……分からない」
「分からないわけねぇだろ」
「ホントに分から……」
俯いてて彼女が、ピタッと言い噤んだ。
「あっ!!!!もしかして……」
「何、……思い当たる節でもあんのかよっ」
視線を泳がせ、必死に記憶を辿ろうとする彼女。
十数秒して、パッと顔を上げた。
そして、物凄い勢いで俺の顔を仰ぎ見た彼女は
ぶわっと再び泣き出し、俺の胸に抱きついて来た。
「ぅ゛ぅっわぁぁぁあああんっっ」
「何だよっ……」