ブラック王子に狙われて②



彼の真横に移動した私の腰を抱き寄せ、

彼は堂々とした口ぶりで『フィアンセ』だと彼女に紹介した。

しかも、ママさんがいるのに熱い視線を向けて来て……。


「I only have eyes for my girlfriend. I am a monogamist.」
(訳:彼女以外に興味が無い、浮気はしない主義なんで)


私の不安な気持ちなんて一瞬で掻き消してくれた。

嬉しくて涙が滲む。

だって、王子様キャラ演じなくてもいいのかな?

この家に住むことになったら、

この目の前のスレンダー美人と会うこともあるだろうに。


「慧くんっ」

「ん?」

「王子様キャラ」

「……」

「脱ぐつもりなの?」

「フッ、……もう必要ないだろ」

「っ……」


ポンと繋がれてない方の手が頭に乗せられた。

**

宿泊しているコンドミニアムに戻った私達。

ママさんはキッチンで夕食を作り始めた。


「俺ら、部屋にいるから」

「ん~、あ、慧っ」

「ん?」

「襲うんじゃないわよっ?」

「絢がいるまで言うな」

「絢ちゃん、野獣に気を付けてね~♪」

「っ//////」



慧くんの部屋に連れて来られた私は、

視線の置き所に困って、部屋に入った所で立ち止まった。


「どうした?」

「あ、……ううん」


別にどうってことないのに。

日本にいた時だって、いつも2人きりだったのに。

何だろう?

他者に対しても母親に対しても

至極ストレートに態度に示す彼を見て正直動揺する自分がいる。

同じ家の中に彼の母親がいるんだから

どうこうなるって問題じゃないだろうに。


『フィアンセ』という言葉を意識して?

『婚約』ということが脳裏を掠めて?

数か月後に、さっきの物件で彼と2人で生活するかも、だから?

……たぶん、全部だ。


頭では分かっているつもりだったけど

いざ、行動に移し始めて気付かされたんだ。

これらの先に、『結婚』があるかもしれないと。


別れずに何年も一緒にいたら、たぶん、そうなるんだろうけど。

まだ17歳という年で、現実味から隔離されてる気がしてた。


彼の隣りに腰掛けると、ふわりと長い腕が体に回された。


「不安なことがあるなら、何でも言っていいぞ」

「へ?」

「私、不安だらけなんです……って顔してる」

「っ……」

「絢の脳みそ、駄々洩れだから」



バレバレなのは自覚してる。

だって、今にも声に出てしまいそうだもん。


「日本出発する時に言っただろ」

「……ん」

「俺は突き進むしか出来ないけど、ペースダウンして欲しい時はちゃんと言えって」

「……うん」

「辛くなったりしんどくなったら、限界になる前に言って?」

「……はい」

「絢を無視するような真似はしないから」

「…ん」

「だから、俺を信じてついて来て」

「……はい」


彼はいつだって先の先まで見つめてる。

私が追い付いていけなくて、足踏みしてるだけだ。

彼の夢を壊そうとか、無視しようだなんて思ってない。

今の私に、彼を追う自信が足りないだけ。


「日本帰ったらさ」

「ん?」

「結納……しようか」

「へ?」

「とりあえず、形だけでも安心材料になるだろうし」

「っ……」

「それに」

「??」

「俺が、絢を必要としてるから」

「っ/////」

「俺以外の男が簡単に近づけないようにしたい」

「////////////」


もうっ、やだっ//////

そんなこと言われたら、不安の『ふ』の字も吹き飛んじゃうよ。



あっという間に夏休みが終わり、2学期がスタートした。

それと同時に進学先の大学へ直接申請して……。

勿論、絢も一緒に。

結構高めの偏差値の大学という事もあり、

絢の学力の最終仕上げもしつつ。


だが、それらはそれほど重要じゃない。

だって、俺の中ではとうにクリア出来るレベルに到達してる。

手元に実物の結果が無いだけで、

今の絢なら、有名国立大学でも優に受かるレベル。


元々、呑み込みが悪いだけで、質はかなり高めだった。

俺らが通う高校は都内でも偏差値が結構高めで、

普通科でも、それなりの偏差値はある。

だから、特段に苦労したというほどではない。

強いて言うなら、やる気を起こさせるのが大変だっただけで。


俺の目下の目標は、

目の前にいる彼女との結納を無事に済ませるという事だ。


いや、正確に言うと、結納が目的なんじゃない。

その先のことが不安で堪らなくて。


彼女の不安を1つでも多く取り除いてあげれば、

留学するにも、海外で生活することも、

親元を離れて、俺と生活するということにも安心出来て。

『やっぱり、やめたい』と言い出さないように。

ありとあらゆる手立てを施して、

万全の体勢を取りたいだけ。

じゃないと、これまでの努力が泡となってしまうから。



9月下旬に無事、結納を交わした。

と言っても、よくある結納の品を交わして

レストランの個室で食事をしただけだけど。

あ、それと。

記念写真だけでもと、両親のたっての希望で。

絢は、めちゃくちゃキレイ可愛い振り袖姿を披露してくれた。

一人娘ということもあるし、

この先、暫く離れて過ごすという事もあるから、

絢の両親の力の入れようはハンパない。


こんなにも沢山の愛情を受けて育った娘を

いとも簡単に掻っ攫ってしまうようで。

申し訳なさと、この先の長い人生において

自分も家族として迎え入れて貰いたいという願望が

何とも言えないほど、複雑に交差する。


正式にプロポーズしたわけじゃない。

だけど、両家の両親は、完全にしたと思い込んでる。


絢も絢で、それ自体を忘れているというか。

目の前の『安心』に騙されてるような感じで。


内心、このタイミングで言うべきなんじゃないか?と、

心底焦りまくりで動揺してるんだけど。


でも、やっぱり。

自身の足下をしっかりと固め上げた時に言いたくて。

情けないし、卑怯な男だと思うけど。

あと数年だけ待ってて欲しい。

その日が来たら、ちゃんと伝えるから。


両家で撮った写真を見つめ、

微笑む絢を見据えて、心の中で詫び続けた。



10月上旬のある日。

中間試験を間近に控え、

俺の自宅に向かっている最中で。


「慧くんっ、ちょっと待って?」

「ん?」


ドラッグストアから流れて来る曲に耳を澄ませる彼女。

最近のお気に入りの曲らしい。

正確には、アーティストが好きなのだと思うけど。


俺らがイギリスにいる間に、

突如現れた、謎のシンガーソングライター。

ハスキーな声なのに、艶っぽくて色気がある。

骨太のハードロックからR&Bやバラードまで歌いこなし、

グルーヴィーな曲調やエッジの効いたサウンドも完璧にこなす変幻自在な歌手。

楽器演奏も多才で、挙句の果てには作詞作曲までこなすというから驚きだ。

しかも、メディアに一切姿を現さないスタンスらしく、

そのミステリアスなコンセプトにハマりまくりの絢。

ユウの彼女と一緒になって、毎日のように聴いているらしい。


別に、聴くなとは言うつもりないけど。

俺以外の男に夢中になる姿を見たくないだけ。


確かに、歌や演奏は上手い。

上手すぎるんだけど……。

なんか、めちゃくちゃ腹が立つ。

得体のしれない奴に、焦がれるみたいな素振りが。



「絢」

「……ん?」

「俺より、『SëI』が好き?」

「は?……何、急に」

「最近、俺といてもそいつの話題ばっか」

「……っ……、慧くん、やきもち?」

「ん」

「認めるんだっ」

「精神的苦痛で、慰謝料請求するぞ」

「はっ?!」

「冗談抜きで」

「………」


試験勉強や留学のための勉強を頑張ってくれてるけど。

心の中の数%は絶対『SëI』がいる。

100%俺で埋め尽くして欲しいのに。



自宅に到着し、キッチンで飲み物とおやつを物色。


「温かいのと冷たいの、どっちがいい?」

「う~ん、温かいの」

「じゃあ、ここから選んで」


紅茶の茶葉や珈琲の豆などが入った引き出しを開けて選ばせる。

絢は珍しくハーブティーを選んだ。

お湯を沸かす間に器を用意していると。

愛らしい顔が目の前に現れた。


「ん?」

「絢のこと、好き?」

「何、いきなり」

「……好き?」


小首を傾げて見つめて来る。

めっちゃ可愛いっっ!

さっき、俺が嫉妬したから

ちょっと気遣ってくれてるのだと思う。

ぷっくりとした小さな唇にキスをしようとした、その時!


「はぁ~いっ、そこまで!」


突然、真横から手が伸びて来て、口元が塞がれた。

ったく、キスくらいいいじゃん。

婚約した仲なのに。



母親にキスを阻止され、

絢は照れて、俺の背後に隠れた。


「絢ちゃん、そんな隙だらけだと、大学3年で卒業出来ないわよ?」

「えっ?!」


要らぬことを吹き込むな!

言葉のまんまに取るだろうがっ!


イギリスの大学は3年制。

日本より1年繰り上げて学習がスタートし、

16歳までに中等教育修了試験 GCSE(国家試験)を受ける。

これに合格しないと、高卒扱いにもならない厳しい国だ。

来週の中間試験を終えたら、

俺らはこのGCSEを特別措置で受けることになっている。

俺らが希望する大学からの留学向けの選考試験だ。


俺のYシャツを掴む絢。

母親の言葉で不安になったようだ。

ったく、余計なことをしやがって。


「慧、……男には、時として乗り越えねばならない試練がある」

「知らねぇよ、んなことっ」

「絢ちゃん、……可愛すぎるのも問題だわっ」


俺の手からカップを受け取り、

手際よくハーブティーを淹れてくれる。

そんな母親を完全ロック状態で視線を固定していると、


「少しは自制しなさいよ?大事なお嬢さんなんだから」

「分かってるよ、……言われなくても」



トレイにハーブティーの入ったカップが乗せられ、

別の容器にクッキーと一口タルトが乗せられた。


「絢ちゃん、おばさん、買い物に行って来るわね?」

「あ、はいっ、お気をつけていってらっしゃいっ」

「い~い?野獣には、十~分気を付けるのよ?」

「っ//////はいっ//////」


すれ違いざまにギロッと睨まれ、母親はキッチンを後にした。


「絢、俺の鞄持てるか?」

「あっ、うん」


絢に鞄を手渡し、トレイを手にして2階へと上がる。

自室に入ると、ベッドカバーが交換されたようで

今朝見た柄とは違う柄のカバーが掛けられていた。


絢は鞄を下ろし、相変わらずラグの上にちょこんと座る。

そろそろ床も冷えて来る季節だから、

ホットカーペットを出して貰わないと、かな。


「そうだっ!慧くんっ、結納のお返し、何がいい?」

「は?」

「ママがね?時計とかお財布とか、ネクタイピンとカフスボタンのセットはどう?って」

「……う~ん、絢に任せる」

「え?」

「というか、別にお返しは要らないけど」

「それはダメだよっ!ちゃんと受け取ったっていう意味のお返しだもんっ/////」

「あ、……ん」