もう1度冷蔵庫の方へ戻り、氷のタンクに水を入れておいた。昇ちゃんの事だから、氷が無くなってもそのまま放置しちゃうだろうし。

あたしはもう1度髪を整えて、昇ちゃんの隣りに腰を下ろす。昇ちゃんはもう、水を半分も飲んでいた。

「……」


ワイドショーの話し声、遠くではしゃぐ子供の声、電車の走る音、カラスの鳴き声、氷の溶ける音……

昇ちゃんとあたしの会話は、特にない。


それでもあたしは、隣りにいる昇ちゃんの存在だけで、ドキドキしてしまう。時間がいつまでも止まってしまうんじゃないか、っていうくらい、あたしには苦しくて幸せで。


視線を、テレビから昇ちゃんの方へこっそり移してみた。

昇ちゃんは如何にも怠そうな目でテレビを見ていて、その黒い瞳にテレビの光が微かに映る。風に揺らされる髪は、まだ麦藁帽子の型が付いていて、少し間抜け。

あたしは思わず、ふっと吹き出してしまった。

いきなり笑い出したあたしに驚いて、昇ちゃんは「あー?」と言った。

「あははっ……! 昇ちゃん、髪の毛、ぺちゃんこだよ?」

昇ちゃんは恥ずかしがる様子もなく、不機嫌そうに髪を無造作に整える。あたしが笑っているのを横目で見て、昇ちゃんは拗ねたような声を出した。

「うるせ」

その適当なたった3文字が嬉しくて、可笑しくて、あたしは、また笑いを零してしまうんだ。