その日、私は急いで自転車をこいでいたんだ。
どうしても、届けなきゃいけないものがあったから。
風が強くて、制服のスカートが煩わしいほど、急いでた。
学校に遅刻しそうになっても、こんなに急いだ事なんてないけれど、息がきれてとても苦しかったけれど、私の頭の中には届けなきゃそれしかなかった。
心臓がどくどくいって、汗がだくだくながれて。
なんでこんなに、一生懸命になっているんだろうって、思う時もあったけれど、どうしても、どうしても、届けなきゃいけなかった。
急がなきゃ。届けなきゃ。
急がなきゃ。間に合わない。
そればっかり考えていたせいね。
横断歩道の信号が青くチカチカしていて、急いで渡ろうとしたとき、クラクションの音が頭に響いた。
黒いセダンがやけにゆっくり、近づいてきて、私はライトに当たって宙に放り投げられた。
こんなときなのに、車の運転手さんの慌てている顔とか、車のナンバーとか、通行人の悲鳴とか、やけに綺麗な夕日とか、そういったすべてのものが、ゆっくりスローモーションかかってみえた。
コンクリートに激しく叩きつけられて、痛みで気を失ってしまった。
それでも、私ははやく届けなきゃ、間に合わない、それしかなかった。

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しばらくして、わたしは意識を取り戻したのだけれど、体中のあちこちが痛い。
手や足はなんか感覚が麻痺しているのか、どうにも動かせない。
でも、あおむけに寝ているって事は、たぶん病院のベッドの上ってことよね。
でもその割には、なんだか瞼のうえが眩しいくらいに、熱い。
ああ、もしかしてまだ治療中でTVとかでよく見るおっきいライトに照らされているのかしら。
目をあけたら、白衣の医者がいたりして。
そうすると、まだこのまま、寝ていた方が賢明ってことかしらね。
でも、あんまり皆に心配かけたらいけないし、目を開いて意識があるとこを教えてあげよう、そして安心させてあげよう。
そう思って、まぶたを開こうとしたのだけれど、あかない。
もう本当にあかない、瞼に接着剤でも塗られたように、あかない。
声が出せるか、試したけれど、声も出ない。
体も動かせない。
これぞまさに、三重苦。
 さすがにこのままでは、いけない、植物人間になってしまうわ。
渾身の力で目を開けた。
きっと周りには、医者や看護士いて、驚くに違いないと思いながら。
だけど、その期待は無残にも打ち砕かれた。
目の前にあるのは、木、何か知んないけれど大きい木。
周りをざっとみてどうやら、私は庭園のようなところにいるらしいと分かった。
けれど、納得がいかない。
わたし、車に轢かれたのよね。
なんでこんなところで寝てんのよ。
ああ、それとも、車に撥ね飛ばされて近くの家の庭に落ちたのかしら。
まだ、夕方みたいだし、きっと。
だったら、早く救急車でもなんでもいいから、病院につれていきなさいよ。
もう体中が痛くて痛くて、我慢できない。
そのとき、子供の声が聞こえた。
「兄様、こっちよ、楓の木の下にいたの。はやくはやく。」
と女の子の声。
「そう急ぐな、由良、このような時刻に物の怪の類かも知れぬぞ。」
と男の人の声。
わたしは、家の人が助けに来てくれたのだと思い、ほっとした。
ああ、助かった。