失う!?

 琴美を僕は今失ったのか?

 その事実が把握しきれなくて、僕はしばらく椅子にもたれたまま呆然としていた。

 脱いだコートのポケットから、渡しそびれた婚約指輪が転がり落ちた。
 力いっぱい握っていたから、包装紙がくしゃっとよれていた。
 これを受け取った琴美の嬉しそうな笑顔をずっと思い描いていた。
 今頃彼女を抱きしめて、愛を確認しあっているはずだった。

 こんな形で終わるなんて……。

 男だから泣かないと言った自分のセリフが蘇って、逆に笑えた。
 両親が亡くなって、本当に僕は今までどんなにつらい時も涙は流さなかった。
 ただ……心から愛する人が離れてしまう場合はきっと涙が出るだろうと思っていた。
 それが僕にとっては琴美だった。
 それは彼女にも冗談交じりに伝えてあった。

 次に泣くのは、琴美から別れようと切り出された時だって。

 その言葉通り、僕の両目から何年ぶりかの熱い水分が噴出した。
 それが頬を伝わり、唇に達した時に塩辛い味がして……自分が泣いてる事に気付いた。