「ん!?」

 驚いて目を開けてしまった。
 もう数ミリも離れない距離に綾人さんの顔があって、彼は目を閉じてそのままどんどん私の唇を押し出すようにキスを重ねてきた。
 私もまた目をつむって、その生まれて初めての不思議な感覚に戸惑いながら何度も彼のキスを受けた。

「僕が好きだって言ってる言葉、もう少し信頼して。お願い」

 唇を少し離して、綾人さんが悲しそうにそう言った。

「ん。ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。これから長く付き合っていけばきっと君の心だって慣れてくれるって思ってるから」

 こんなふうに、オフでも私はもったいないぐらい大事にしてもらってる。
 あんな悪口言われたぐらい、どうってことない。
 どうってことないのに、知らない間に私の目には涙がたまっていた。

「遠藤さん!?どうしたの」

 書類を裁断しに来たらしき長坂さんに。作業台の上に数滴の涙をこぼしているのをちょうど見られてしまった。

「いえ、何でも」

 私は慌てて目を拭った。
 マスカラも落ちてしまいそうだ……最悪。

 そうだ、今日は長坂さんは内勤だったんだ。

「無理に話してとは言わないけど……。もし笹嶋絡みで何か嫌がらせされてるなら……」

 長坂さんも、私達が付き合ってるのは知ってるみたいだ。
 それに彼も勘がいいから、女性職員の間で私があまりいい立場に無いのを察知しているみたいだった。

「いいえ。違いますよ。ちょっと疲れてるんですよ……大丈夫です」

 これ以上長坂さんの前にいたら、何を言ってしまうか分からない。
 私は怖くなって、すぐにポーチを手にその場を去った。
 長坂さんもそれ以上追ってくることもなくて、午後の時間も黙っていてくれた。