「あなたを振る人なんか……いるわけないじゃないですか。私、何年もあなたをずっと遠くで見てるだけでいいって思って。何も望まずにただ片思いしてたんです……だから、今すぐに付き合うとかそういう言葉を聞かされても全く信じられないんです」

 実際、私には今の状態が夢だと思った方がリアルな気がしていた。
 自分に全部都合がいいように夢は進行している……だから、ハッと気が付けばいつもの自分の部屋の天井が見えるに違いない。

 でも、目の前でぎゅっと握ってくれている笹嶋さんの手の感触は強くて暖かくて。
 とても夢とは思えない……。

「もう一回聞いていい?僕と付き合ってくれる?」

 私は涙をこぼしながら、ゆっくりうなずいた。
 夢でもいい。
 こんな素敵な夢なら一生見ていたい……そう思った。

「ありがとう、正直かなり自信なかった。騙すような事続けてて、怒られるかなって思ったし、メールの感じだと君にはもう好きな人がいるような気がしてたし……」

 その好きな人があなただったんですよ。
 私はしょっぱいチーズケーキを食べて、涙の味だな……とか思った。
 ここの喫茶店は本当に味としては最悪で、コーヒーは何だか濃い麦茶みたいな味だった。

 でも、この日の雨の思い出は多分一生忘れられないと思う。
 古びた喫茶店の美味しくないメニューでも、心は最高級の豆で入れたコーヒーを飲んだような幸福感でいっぱいだった。

 エル……忘れてないよ、あなたが言ってくれたたくさんの優しい言葉。
 もらった数百通のメールは全部保存されていて、あなたの心だと思ってプリントアウトまでしてあるの。
 例えエルが笹嶋さんじゃなくても、私は彼が私を好きだと言ってくれたら付き合っていたと思う。
 だから、笹島さんだからお付き合いをOKしたんじゃなくて、多分彼がエルだったから素直にうなずけた。

 私はエルが好きだった。

 笹嶋さんはエルという心を持った人。
 だから素直に彼と付き合おうと思えた。