私はゆきのことや、半年前のことなど彼女に話した。
咲枝ちゃんは私の話を真剣に聞いてくれてるように見えた。
私から視線を反らして海の方を向いていても。

「ーだから、私の勝手な都合になっちゃうんだけど、これ以上辛いところ見たくないの。犠牲者を出したくない。お願い咲枝ちゃん。もうこれ以上辛い思いしないで?もうたくさん苦しんだよ!」 
 
駄々をこねる子供みたいに、懸命に訴えた。
終始黙って聞いていた咲枝ちゃんは震えながら座り込むようにしゃがんだ。

「皆の言いたいことは分かったよ。でも仕方ないの。お兄ちゃんの心や感情を壊しちゃったのは私達なんだから。」  

「咲枝ちゃん、私じゃ役には立たないかもしれない。でも話してくれない?一人だと無理でも皆で考えれば良くなるかもしれない。」

「三人寄れば文殊の知恵って言うしな。皆でやれば恐くないぜ?」

「私がなかなか友達が出来ない時に声をかけてくれて、本当に嬉しかったの。だから今度は私が助けたいの。」

「咲枝に言ったこと覚えてる?どんな咲枝でも大好きな気持ちは変わらない。大好きな人だから助けたいんだ。」

皆がそれぞれ言葉をかけていた。
その言葉を聞いてなのか、泣きじゃくるように涙を流した。  
少し落ち着きを戻した、咲枝ちゃんは涙声になりながら少しずつ話してくれた。

「期待を込めすぎた、か。。」

咲枝ちゃんから事情を聞き少し考えた。

「でも、だからって暴力振るうなんて酷すぎだよ!」

「でもストレスの行き場がなかったんだよね。」

「俺も少しその気持ち分かるかも。」

「私も。。」

賛否両論だった。お兄さんの気持ちも分かると言う人もいれば、全く共感出来ないって言う人もいた。

「やっぱり人それぞれだよね。」

微かな笑い声と共に咲枝ちゃんは呟いた。

「分かってはいるんだ。いずれどうにかしなきゃって思うんだけど、でも。。こうゆうストレス発散とか覚えちゃうときっと駄目なんだよ。
誰にも迷惑かけてないし、私が我慢すればー」

「そんなの間違ってる。ストレス解消なら他にもあるでしょ?そんなこと咲枝ちゃんが我慢することじゃないよ!」

「っーでも。。」

「話そう!お兄さんとちゃんと。」

「良い」

「良くない!」

私の声が海に響き渡った。

「咲枝ちゃんが苦しんでるように、きっと暴力振る方も苦しいと思う。でもお兄さんは自分じゃもう止められないんだと思う。だから、咲枝ちゃんが止めて?きっとどこかで止めてほしいって願ってるよ?」

「ーッ無理!」

「咲枝ちゃん。。」

「咲枝。もう一度勇気だしてみない?」

「空也くん。。」

「咲枝は勇気を出して僕達に話してくれた。だから、もう一度勇気出してみない?」

「・・・」
 
「僕らが咲枝を好きなように、お兄さんのこと好きでしょ?大好きだからこそ、傷付けたくなくて自分が傷付いた。」

「それに咲枝のお兄さんだって初めから暴力振るってるわけじゃないよね?」

「・・・」

『大好きだったお兄ちゃん。。だった?今は?ううん、違う。私は今も大好きなお兄ちゃん。』

「私、言ってみる。自分からお兄ちゃんに。」

頷き顔を上げた彼女はすっきりした顔をしていた。少し微笑んで皆の顔を見て言った。

「ありがとう」


それから一週間ほど、咲枝ちゃんは学校を休んだ。

本当はもう一度みんなでお兄さんのところに行きたかったが、咲枝ちゃんに止められた。

『一緒には来て欲しい気持ちもある、でも自分の家族の問題だから自分達でどうにかしたい。本当にありがとう。皆に出逢えて良かった!』

そんな風に彼女は言っていた。


そしてその一週間後、学校にやって来た。

皆あえてお兄さんのことは口には出さなかったが彼女の方から話してくれた。
少しずつだけど、お兄さんは良くなって来てるみたい。ストレスはまだ溜めてはいるが、前みたいな暴力はなくなり(たまにやりそうになるが親が止めている)、家族との会話や家族で過ごす時間が増えたみたい。

もう少し落ち着いたら、旅行に行く!と楽しそうに話していた。


それからのクラスの雰囲気も変わり、皆仲良しの日々が続いていた。
運動会やスポーツ大会、クラスで行き直した伊豆旅行など楽しい日々が過ぎ季節が流れ三年になった。何人かはクラスが離れてしまったが、伊豆の時の班のメンバーとはまた一緒になり、それに空也君や委員長だった沙羅ちゃんが加わり仲良し八人組としてたくさん笑いあった。

そして...。

「いやー早いもんだな。。俺達が卒業なんて。」

そう呟いたのは怜だ。

「あっという間だったなー!でもまぁ、受験も乗りきったしあとは入学まで遊ぶだけ‼」

「結局遊びにたどり着くんだね。」

続けて智一とそれに対して幸恵がつっこんだ。
あの事件から二年弱、そしてここの学校でのことから一年半ぐらい、私は初めは躊躇っていた呼び名も定着していた。今ではこの皆とクラスで遊ぶのが大好きだ。

「そういえば空也と咲枝は?」

二人が居ないことに気がついた星也が聞いてきた。

「あー咲枝が教室に忘れ物しちゃったって言ってて、空也も咲枝の後を追いかけてたよ。」

「言ってくれれば一緒に行ったのに。。」

弟大好きな(笑)星也がちょっと口を尖らせながら、呟いている。
まぁ、心配なだけなのかもしれないけど。
空也も今では元気だけど、たまに体調悪くなったりしていた。
ふとそんなことを思いながら、私も最後にあの場所へ向かった。
校庭から校舎へと向かう私へ向かって沙羅が声をかけた。

「千南ーどうしたの?」

「私も少し忘れ物ー!」

そう言い、教室とは違う場所へ駆けていった。



静まり返った教室では一つの影があった。

「良かった、まだあった。」

黒板に書かれた『卒業』の文字と共にクラスの皆それぞれが書いた文字や描いた絵。
個性が出ていて性格が表れている。
それに向かってシャッターをきる音が聞こえた。

「・・・空也くん」

それと同時ぐらい響いた声。

「咲枝。」

「慌てて教室戻ってくるのが見えて。何かあった?」

「ううん。皆で集合写真を撮ったけど、この文字だけって撮ってなかったーと思ってさ。」

「それ。。玲が張り切って撮ってたような気が。。」

「え、それ本当!?」

「うん、確か。。」

「そっかぁー・・・」

「なんて、う・そ!知ってたよ撮ってたの。」

「え?」

「僕の勘だけど・・僕が教室戻ったら追っかけて来てくれると思ってさ。咲枝が。」

「え?」

「ねぇ、咲枝は何て書いたの?」

黒板を見つめながら聞いた彼の表情は分からない。

「えっと、これ。」

彼女が指を指したのは『また皆で遊びたい。楽しかったありがとう。』の文字。

「咲枝らしいね。」

クスリと笑いチョークを手にした。

「僕はこれを書いたんだ。」

自分が書いた文字の下に横線を入れた。

『大好き』

「・・・」

彼の書いた文字を見つめている彼女に向かって更に言葉を続けた。

「今でも誰よりも大好き」

真っ直ぐに彼女に向かい、そう言葉を繋いだ。
微笑みながら。

黙ったままの彼女はゆっくり黒板に歩み寄りながら
彼が書いた言葉の下にチョークを走らせた。

『私も大好き』

頬を赤らめながら、今にも泣きだしそうなまま俯いた。
その震えてる小さな肩を抱きしめ呟くように彼は言った。

「嬉しい。ありがとう。」
相変わらずの風の中、手すりを掴みながら一言呟いた。

「ゆき、とうとう卒業だよ。・・・おめでとうー!」

最後はやや大きな声で叫んだ。すると後ろ手に声がした。

「卒業の日ぐらい静かにしろよ。」

「あ、星也!」

そこに立っていたのはぶすっとした表情の星也だった。

「とかなんとか言って~星也だって叫びたいんじゃないの?」

「いや意味わかんねぇ発想するなよ。」

「・・・星也と空也って本当に双子なんだよね?」

「?当たり前だろ?」

「そんなに性格の違いが出るーって痛っ!」

言い終わらないうちに星也がほっぺを捻ってきた。
 
「何するのさ!」

「ふざけたこと言ったお前が悪い。」

「うぅー。。」

やや納得がいかないがこれ以上怒らせてもなので黙ることにした。

「・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・」


「ねぇ、何か話してよ。」

「俺は静かになりたくてここに来ただけだ。てめぇが勝手に話せ。」

「むぅ・・。ねぇ、星也は何で空也と同じ高校受けなかったの?同じぐらいの学力レベルじゃん。(意外と)」

「おい、地味に心の声漏れてるぞ。」

少々怒り気味に返された。

「・・・別に高校なんてどこでも良かったし、バイトもしたいから学力ギリのところは嫌だっただけだ。」

「もしかして一緒が良かったの?」

「あぁ!?誰がてめぇと一緒が良いって言った!」

「?いや、私じゃなくて玲とか咲枝とかと。。」

「・・・別に誰かが行ってるとかじゃねぇ//」

「ふーん、なんとなくねぇ~。星也照れてるの?」

ちょっと顔を赤らめたところが見えたから、からかい気味に聞いてみた。

「・・・//っ別に」

「な~んだ、可愛いところあるじゃん♪」

「違うっての!てか男に可愛いとかねぇよ!!」

卒業式ではずっと泣きっぱなしだったから、久しぶりに笑った気がした。

「あーおかしい~・・・みんな、バラバラになっちゃうね。」

沙羅と空也は進学校、幸恵と智一はそれぞれ専門職を重視してくれる高校へと進んだ。幸恵は看護、智一は教師だ。玲と星也と咲枝、それに私は学力平均ぐらいの普通校へと進んだ。
皆バラバラか。。
笑ったあとだからかまた寂しさが込み上げて来て、上を向いた。
春の匂いが混じってそうな暖かな風が吹いた。