その子はいつも泣いて帰っていた―。
周りの生徒も先生も無視だ。

唯一、声をかける先生もいつも同じ言葉。

「大丈夫?」

大丈夫じゃないから泣いている。
これはある意味一種のSOSなのだ。

だから私は声をかける。
「大丈夫?」とかの言葉じゃなく…。

「一緒に帰ろう?」と。

だんだんその子も笑顔を見せてくれるようになって来た。
相変わらずいじめは減らないが、一人じゃない。
私も一緒に戦っている。


しかし私は知らなかった。私の知らない所でいじめはエスカレートしていた。


やがてその子は自殺した。

「ありがとう」
の言葉だけを残して…。

そんな言葉いらなかった。
ただ私は生きていてほしかった。


その後月日は流れ、私は転校することになった。
こんな学校こっちから願い下げだと思い、新たな校舎を目の前に期待で胸がいっぱいだった。

だからこの学校が、私の新たな試練の始まりだとは知らなかった…。



先生に連れられながら、長い廊下を歩いている。

『夢ヶ丘中学校』

今日からここが私の学校だ。

あの事件から三ヶ月…。
正直二年生に転校なんて不安だったけど、あの学校に居るよりはマシだ。ある意味お父さんの転勤に感謝してる。

ここは私立ではないが、ずいぶん立派で綺麗な建物だ。なんとなく今風の都会の学校だ。
田舎から来た私にとっては何もかもが新鮮で、いつもキョロキョロ辺りを見渡してしまう。

「変な癖がつくぞ~?」
なんて冗談まじりでお父さんに言われた。

私の名前は『相原 千南(あいはら ちな)』中学二年生の14歳だ。
父の転勤で北海道の田舎から、東京の都会に来た。

「相原さん。」

「は、はい。」

急に名前を呼ばれてドキッとした私は、いつの間にかひとつの教室の前に居た。

「ここが今日から相原さんのクラス、B組よ♪」

若そうな担任の先生『若松 美智子(わかまつ みちこ)』先生はそう言い、ドアを開けた。

「さぁ皆さん、今日は転入生を紹介しますよ~!」

この瞬間、今までよりもより騒がしくなったことに私は廊下に居ても気づいた。
先生は黒板に素早く私の名前を書く。

「相原千南さんです。相原さん入って来て下さい。」

「はい。」

教室がより騒がしくなった。
このクラスの注目の的になったのを自身も気付いていた。

「相原千南です。よろしくお願いします。」

精一杯の作り笑いを浮かべ、自己紹介をした。
その瞬間たくさんの拍手が沸き起こり、あちらこちらから「よろしく~」や「こちらこそ♪」などの声が聞こえた。

思ったり良いクラスかも。そう思い、安堵のため息をついた。

「さぁ…相原さんの席は―」
ガラッ


「あの…遅れてごめんなさい。」

「もぅ。また遅刻よ、飯田さん!」

飯田と呼ばれた女の子は、私の前の学校に居た子に雰囲気が似ていた。
ショートカットの黒髪で真ん中に垂らしている。

「すみません。」

「良いから席に着きなさい。」

「はい…。」

「さぁ、相原さん。貴方はあそこに着いて。」

「はい。」

そう先生に言われた場所は、さきほどの女の子の真後ろの席だった。

「よろしくね♪」

「こちらこそ!」

席に着くなり隣の席の子に挨拶を交わし、前の席に向かって小さく「よろしく」と言った。返事は返って来ないも、コクリとうなづいたように思えた。

キーンコーンカーンコーン♪

時間はあっという間に過ぎてランチの時間にな った。 この学校ではランチ兼お昼時間を一緒にしてい るらしくこれから一時間は自由な時間だ。

休み時間中ひたすらクラスの皆の質問を浴びて いたので、自由時間でこの学校の校内見学をし たいと思っていた。別に嫌なわけではないが… このクラスの雰囲気が前の学校と似ていたのだ 。 しかし、このクラスの皆が許してくれるはずが なかった。

「相原さん♪」

「…」

「お昼、一緒に食べよう?」

「…えっと―。あ、私ちょっと大事な用事があ って…。」

「え~?」

「本当ごめんね!!」

ちょっと申し訳ない気持ちがあったけれど、今 は一刻も早くここを立ち去りたかった。 空気感…雰囲気があの学校と似ているここから 。

お母さんに作ってもらったお弁当を左手で持ち 、もう片方の手にこの学校の地図を持ちながら 歩き回った。 体育館―図書室―音楽室などたくさんの場所を 歩いた。


「ふぅ~。けっこう広いとこだな…。」

一通り見終わった頃には休み時間終わり20分前 だった。

「あ、いけない!!お弁当食べなきゃ。」

どこで食べようか廊下をうろうろしていた目先 に階段とひとつの大きな扉を見付けた。 立入禁止などの看板がないことを確認し、その 扉を少し開けて見てみる。

「…あ、ここ屋上?」

小さく開いたドアの隙間から見えたのは広々と したコンクリートと空、そして手摺りから見え る町の景色だった。

「すご~い!!こんなとこあるんだ♪」

感動で我を忘れていた私は、ドアを全開にして その広々とした世界に飛び出した。

自分の背より10㎝ぐらい低い手摺りにしがみつ き、夢ヶ丘の町並みを見下ろした。時折吹く風 が長い髪を揺らした。

「せっかくだしここでお弁当食べよ♪………き ゃっ!?」

急に小さな悲鳴を上げた目先には、先程前の席 になったクラスメートの『飯田 咲枝(いいだ さ きえ)』が居たのだ。

「………」

「あ…えっと―ごめんね。驚いちゃって!!」

「………」

「前の席の…飯田さんだっけ?改めて相原千南 です。よろしくね♪」

「………」

「こんなところで何してたの?」

「………」

「…てかここって気持ちいいね♪町並みも綺麗 だし!!」

「………」

「……あ、もしかして食事中だった!?邪魔―し ちゃったかな?(笑)」

「………」

「えっと…飯田さん?…あ、ちょっと―」

明るく努めてたつもりでも返答もせず、無言で 立ち去ってしまった。

「な、何だったんだろう?」

わけが分からないが、今は残り少ない時間に追わわれて、お弁当を食べ始めた。

「ただいま~。」

「あらおかえり。初日の学校どうだった?」

夕方…私が帰宅すると夕飯の支度をしていたお 母さんが、手を休めることなく聞いてきた。

「さすが都会って感じだよ!!」

「へぇ~やっぱり設備って良いの?」

「設備?ん~チョークのカラーが多かったかな!! 」

「チョークって…もっと他のところ見て来なさ いよ。音楽系とか体育用具とか。」

「今日は音楽も体育もないもん♪」

「ただいま―。」

そんなことを言い合ってると玄関から声が聞こ えて来た。 千南より二歳上の兄、『千晴(ちはる )』お兄ちゃ んだ。

「あ、ちぃ兄だ!!ちぃ兄おかえり~♪」

「お~千南。」

「ね、ね、高校どうだった?楽しかった!?」

「まぁね♪クラスの奴らもなかなか良い奴らば かりだし。」

そんな他愛のない話をしながら、一日が過ぎて 行った。 同じクラスの飯田さんの態度に疑問を 感じなが らも、眠りについた。 明日―あんな事 件が起こるとは露知れず。

転校二日目。
桜が散りゆく5月半ば。
散ったピンク色の花びらを見ながら、考えていた。

『どうやったら、飯田さんと話せるかな?』

昨日クラスのほとんどの人とは会話を交わした。
転校初日ということもあるのか、周りに人が寄って来た。

しかし、飯田さんだけは違った。
休み時間になると本を読み始めるか、席を立ってしまうのだ。自分と話したくないのとも考えてしまう。

昨日屋上で会った時も、こっちから一方的に話してるだけだった。
そんなことを考えていたら学校に着いてしまった。

『まぁ…そのうち話せるようになるか。』

自分にそう言い聞かせ、教室のドアを開けようとした瞬間、違和感を感じた。

―教室の中が静か過ぎる―

昨日はあんなに騒いで声が聞こえず、一人一人が順番に喋ってる様だった。小さな声のため内容までは聞こえない。
しかしそれは前にも味わったことがある、半年前と同じ感じだった。

「この感じ…嫌な予感がする―」

ドアに手を伸ばした時―

「おはよう♪」

「!?」

驚いた顔のまま振り返ると担任の先生が手を振っていた。

「あ、おはよう…ございます。」

一気に気の抜けた私は、途切れ途切れ挨拶した。

「どうしたの?相原さん。そんなところに突っ立って。」

「あ、いえ…何でも。」

気が付くとあの違和感をどこかいった。
不審な想いのまま一日が始まった。