私達は様々な自転車に乗って楽しんだ。
四人乗り、二人乗りや一人乗り。
そして小さなレースを体験したりして過ごした。

「そろそろお昼にする?」

紗羅ちゃんがふと口にした時は12時を回っていた。みんなで顔を合わせ、レストランに向かった。
その途中で幸恵ちゃんがトイレに付き合ってほしいとのことで、レストラン前に二人を残して幸恵ちゃんと再びパーク内を歩いた。

「すごい楽しいね♪」

「うん!!あ、午後からはこっちのエリア行かない?」

私達はトイレを済ましてから、レストランまでの間、午後からの予定を話していた。

「…でも良かった。」

会話を一通り終えて、独り言の様に呟いた私の言葉に幸恵ちゃんは不思議そうな顔をした。

「前日のことがあったから、咲枝ちゃんと行くの反対されるかと思った♪」

冗談まじりにはにかむと、幸恵ちゃんは言葉を失ったように悲しそうな表情をした。

「ど…どうしたの?」

また何かまずいことを言ったかと慌てて口を開くと、信じられない言葉が返って来た。

「…作戦変更して、一緒に行動しただけなの。」

作…戦…?
私は思考が完全に停止していた。

「ごめん…ごめんなさい。」

ひたすら謝り涙を流す幸恵ちゃんを前に、私は何も言えなくなってしまった。


「千南、幸恵…。」

私を呼ぶ声に顔を上げると、紗羅ちゃんと立川君が複雑そうな顔を浮かべ立っていた。

紗羅ちゃんは幸恵ちゃんに気付くと近づき、泣き止ませるように背中をさすった。
立川君は私の前に立ち、困った表情をしている。しかし、意を決めるように大きく息を吸って喋り始めた。

「幸恵が悪いな。」

まずは幸恵ちゃんのことについて謝って来た。私は首を横に振り、幸恵ちゃんの方を見た。少しずつ落ち着いてきたみたいで、紗羅ちゃんから受けた水を飲んでいる。その様子に少し安心して見ていると再び立川君が話し始めた。

「今回はここで…その…やることが前から決めてたんだ。」

やること=いじめのことだろう。私は少し視線を落とし、立川君の話に耳を傾けた。

「でももしかしたら千南が咲枝を誘うんじゃないかと、星也が言ってて…そしたら紗羅と幸恵に協力してもらう作戦になったんだ。ある合図で星也達が動くことになってて。」

「それって…お昼食べようの後のトイレ?」

「完全なる合図は決まってなかったが、おそらくそれだと。」

「私…ずっと分からなかった。」

私はこのクラスに会ってからずっと疑問にあったことを問いかけた。

「なんで咲枝ちゃんにあんなことするの?」

立川君の目が揺らいだのを確認した私は、さらに言葉を続ける。

「昨日幸恵ちゃんが言ってた、双子がどうとかと関係あるの?」

「それは…」

それ以降無言となってしまった立川君を見て、これ以上は言えなさそうと判断した私は、とりあえず咲枝ちゃんを探すことにした。

「待って!!」

走りだそうと思った私にかかった制止の言葉。振り向くと立川君が真剣な目で見ていた。
やがて私を見つめたまま口を開いた。

「パーク外の湖。」

「え…」

「咲枝達は、パーク外の湖に居るはず。」

「なんで…」

「本当は嫌なんだ…こんなこと。」

「智一っ!!」

「良いから!!」

紗羅ちゃんが声を荒げたが、立川君がすぐにそれを打ち消した。私は一人状況が飲み込めず、憮然と立ちすくしていた。
すると立川君は真っ直ぐに私を見て、言った。

「俺達…クラスみんな本当はこれ以上咲枝を傷付けるの嫌なんだ。でも敵討ちのためにやっている。」

「敵討ち…?」

「ごめん…これ以上は俺の口からは言えない。…でもこれを止めたいのは本当だ。だけど、俺達には止められない。だから…お願い千南、止めてくれないか?都合が良いかもしれないが、本気なんだ。」

私は戸惑った。でも立川の目は真剣そのものだった。本気なんだ…。私は覚悟を決めたように大きく頷いた。

「分かった。」

私がパーク外の湖に行くと、佐々木君や月島君を含めた何人かが咲枝ちゃんを囲んでいた。そして咲枝ちゃんを湖に落とそうとしていた。

「っ…駄目!!」

その声に反応したのか、みんなが動きを止めこちらを見た。佐々木君はうんざりした口調で声を出した。

「止めんなよ。」

「何言ってんの!止めるよ!!…何でこんなことすんの?」

私は反発した声のまま聞いてみた。佐々木君の代わりなのか、その答えは月島君から返ってきた。

「復讐だよ。」

立川君から敵討ちと聞いていた私は、恐るべき答えが返ってきて固まってしまった。

「復讐…?」

「そう。そのためにこうゆうことしてんの。」

淡々と言葉を口に出してる月島君は、昨日見た彼の顔とは違い冷たい目をしていた。

私が動かないのを見ていた佐々木君は不意に咲枝ちゃんを湖へ落とそうと手を伸ばした。しかし反射的に身体が動いた私は庇うように佐々木君の前へ飛び出した。月島君が気付き、佐々木君を止めようとしたが一歩遅く、私は湖へ落ちた。

「~っ」

タイミングが悪く、私は思いきり水を吸ってしまった。

『苦しい…』

そう思った後の記憶は私にはない。


「うっ…けほっ…けほっ…」


気付いた時にはどこかへ横になっていた。横を見ると幸恵ちゃんが心配そうな顔をしていた。周りを見渡すと若松先生や佐々木君、クラスのみんなも揃っていた。

「千南ちゃん!!良かった~目覚ましたのね♪」

「えっと…ここ…」

「公園のベンチだよ。」

「あ…私…」

幸恵ちゃんにそう言われて、記憶を辿ろうとした時、月島君の怒りの声が聞こえた。

「何であんなことした?」

「えっと…」

言葉に詰まり彼を見ると、洋服が少し濡れていた。もしかして月島君が助けてくれたのかな…?私はそんなことを思いながら、先程の出来事を思い返してみる。

あの時は咲枝ちゃんを助けたい一心だった。そうかすかに思ったら今度は先生の声が聞こえた。

「相原さん。何で湖なんかに落ちたの?」

「うぅ…えっとー」

状況を知らなそうな様子で聞いてきた。私は少し考えたが、苦笑いを浮かべて次のように答えた。

「湖にストラップ落としてしまって…取ろうとしたら落ちちゃったんです。」

─────────────────────

「……お前、百パー馬鹿だよな。」

「…素直に本当のこと言った方が良かった?」

「別に。」

今私は、ベンチに座って隣に立ってる月島君をはじめとするみんなと話していた。
先生にはクラス委員を含める数人が付いてるということで、この場を任せてもらえた。

「智一や幸恵がこいつに色々話したのか?」

「う…」
「何も聞いてないよ。」

立川君の返事を遮るように言葉を発した。

「私は貴方達の事情も、具体的なことは何も知らない。」

「…っ……」

月島君は何か言おうとしたがそのまま口を閉じてしまった。やがてゆっくりと低い声で呟いた。

「お前が邪魔しようが俺らにはたいした問題じゃない。」

そう言うと佐々木君達と一緒に、足早に行ってしまった。

「…あの…千南ちゃん…私達…」

幸恵ちゃんがとぎれとぎれに、言葉を出している。

「大丈夫だから気にしないで♪」

私は幸恵ちゃんの気持ちが分かり、にっこり笑って見せた。

「これ着ろよ。いくらタオルで拭いても、体温が奪われてる。」

心配そうに少し照れながら、立川君は自分の上着を差し出した。私は少し考えやんわりと断った。

「ありがとう。でも大丈夫!!色んな意味で頭冷えたからさ♪」

「…分かった。じゃあ、寒かったらいつでも貸すからな♪」

明るく言った私に、立川君は微笑んで返事をした。
その後少し遊んでから、予定通りの時間で旅館に帰って行った。


移動教室の最終日、私達は海に来ていた。
目の前のキラキラしている海に、みんなは一斉に駆け出した。

水で遊ぶ人や砂で遊ぶ人、貝殻を拾ってる人など様々な人が居る中、私はみんなとは離れて右側の崖の方に行った、咲枝ちゃんを見た。

どこ行くんだろう…?

なんとなく気になった私は咲枝ちゃんの後を追いかけた。
彼女は崖っぷちのとこに立つと、上から海を見下ろしていた。

「あっちで遊ばないの?」

私は明るく声をかけると、やはり無表情のまま振り返った。

「今日は良い。」

一言答えるとまた海の方へと向いてしまった。

また無言の空気になってしまった私は、ずっと心に溜まっていたことを咲枝ちゃんに言った。
あの時のゆきと同じ様に…。

「ねぇ咲枝ちゃん、友達にならない?」

私の言葉に咲枝ちゃんは一瞬驚いた。が、すぐにいつもの無表情に戻ると小さな声で呟いた。

「―い」

「え?」

「友達なんか要らない。…もう助けなくて良い。だから余計なことしないで。」

「でも…」

「良いから、ほっといて!」

そう言った咲枝ちゃんの顔はとても淋しそうだった。言い捨てると咲枝ちゃんはみんなが居る方に向かってしまった。

私は咲枝ちゃんの淋しそうな顔を思い出しながら、崖にしゃがみ込んだ。

「…私のやってることってただのお節介なのかな…」

「そうだな。」

独り言のように言うとどこからか声が聞こえた。顔を上げると月島君や佐々木君達が立っていた。

「…独り言だったんだけど…。」

「でけぇ独り言だな。」

「っ…」

何も言い返せずに、見上げると佐々木君が真面目な顔で言ってきた。

「そんなに知りたきゃ教えてやるよ。お前もこのクラスの一員だしな。」

何かが分からず呆然とする私に、佐々木君はさらに言葉を続ける。

「何で俺達があんなことをするかをな。」

私は驚いたが、素直に佐々木君の話に耳を傾けた。
とうとうこのクラスの秘密を知ることが出来るー
私の考えは甘かったと、後々思うことになる…。

俺達みんなが出会ったのは一年前の春、入学式後のHRだ。

夢ヶ丘中学校 1-A

シーンとしてる教室内に響いているのは担任の先生の声だ。

「今日からこのクラスの担任をする、若松美智子よ。私もこの春から就任して来たからみんなと同じ一年なの。よろしくね!」

「よろしくお願いしす!!」

元気良く挨拶したのは、一組の男女。

飯田咲枝と立川智一で、二人は幼なじみで仲が良かった。それにこの頃、1年の頃の咲枝は明るくてみんなのリーダーシップだったんだ。

その後、咲枝の明るい性格によって男女関係ない仲良しクラスが出来ていた。

そして俺ら智一、星也は小学生の頃からの友達。
咲枝と智一は幼なじみのため、みんな小学生からの顔なじみメンバーだったんだ。

また、クラスでおとなしかった新崎幸恵が咲枝と親友になったから、最近は俺を含めたこの5人で一緒に居ることが多くなった。

そして俺達のもう一人のクラスメイト、星也の双子の弟…空也がこのクラスに転校生として来た。

空也はもともと身体が弱く、環境の良い田舎で
暮らしていたが、体調も順調ということで星也が居る学校に入ることになったんだ。

慣れない都会での学校生活を配慮してか、咲枝は頻繁に空也に話しかけてた。最初は同情心だと思い、やや迷惑そうな空也だったが、咲枝の明るく元気な性格に笑う回数も増えていった。

「空也君♪体調良いならバスケやろうよ!!」

「お、良いな~!!みんなでやろうぜ♪」

「ちょっと智一!!邪魔しないでよ~!」

「なっ…邪魔って何だよ邪魔って!」

あいつら二人は顔を合わせば喧嘩ばかりだが、俺らは二人の元気な姿に救われていた。

こんな幸せな日々がずっと続くと誰もが思っていた時、咲枝の様子が少しずつ変わっていったんだ。