砂浜沿いの近くにあったコインロッカーに荷物を預け、私達は海へと繰り出した。

「海~!!」

みんな思い思いにはしゃいで、砂浜を駆け出した。私はゆっくりした足どりで砂浜を歩き、さっきのことを思っていた。
しかし前を見ても何もなかった様に、幸恵ちゃん達はみんなで水をかけたりして遊んでいる。気のせいだったのかな…。

「何考えてんの?」

「わっ!!」

急に話しかけられて驚いて振り向くと、相変わらずのぶっきらぼうの月島君が立っていた。

「あはは~別に何でも。」

「ごまかすの下手だね。」

「うっ…」

やっぱりさっきのばれてた?
恐る恐る見ると、ますます怒ってる様子の彼の顔があった。そして怒り声で私に問いかけた。

「どこまで聞いた?」

「………」

私は何も答えることが出来ず、黙っていた。月島君は一つため息をつくともう一度、今度は更に怒ってる低い声で問いかけた。

「良いから答えろ。どこまで聞いた?」
「もしかして千南…?」

月島君の声と重なるように聞いたことのある女の子の声がした。
顔を上げると前の学校の数人が立っていた。

「やっぱり千南だ~♪」
「久しぶり!!」

私だと分かるとみんなは一斉に集まって来た。するとみんなの視線はこちらを睨んでる月島君に向いた。

「もしかして…千南の彼氏?」

「え…ち、違う!!違うよ~何言ってんの!?」

全力で否定するとある男の子がからかう口調で笑った。

「ま、千南の彼氏のわけないよな~。こんなカッコイイ奴千南には合わないし♪」

「そうだよ~…って失礼な!!」

一斉にみんなで笑った。
なんだ私まだ笑える。みんなの前で普通に出来るじゃん。…こんな姿ゆきが見たらどう思う?私は心に複雑の想いをしまったまま話を続けた。

しばらく久しぶりに話した後、誰かが静かに口を開いた。

「千南…ごめんね。」

「…え?」

「私、あの時のことずっと謝りたくて…。でも引っ越し先も知らないし、音信不通になるしでずっと心に残ってて。」

それに連れられる様にそれぞれ私に向かって謝って来た。私は一瞬迷ってしまった。ゆきの件は理由があるにしろみんな悪い。

だけど私自身…私の存在がゆきを苦しめた。
本当は嫌だけど…何故か口から自然と言葉が出て来てしまった。

「全然良いよ!!私だって悪いとこあったし、気にしないで♪」

私は改めて自分の性格が嫌だと思った。でも自然と笑ってしまった。悲しい心を隠すように。
私の笑顔と言葉に安心したのか、みんな真剣な表情からいつもの表情に戻った。

しかし次の言葉でまた私の心は苦しむことになる。

「そうだ!!千南、琥珀や結衣と仲良かったよね!?呼ぼうか?」

「…あ~琥珀と結衣?」

「そう♪近くに居ると思うし…久しぶりに話したいよね?」

「えっと…」

正直二人には会いたくない。別に嫌いなわけではないが、あの一件があってから一緒に行動してないし何より気まずい。
二人はゆきや私のことどう思ってるのか、聞きたいけど怖い…。

「千南…?」

駄目だ…笑わなきゃ…でも、泣きそう…。

「悪いけど…俺達時間決まってて、そろそろ行かなきゃだから。」

「あ、そうなんっすか。」
「ごめんね、千南。またね~♪」
「メールしてね!!」

月島君の言葉でみんなは帰って行き、私は手を軽く握られ、砂浜を引きずるように歩き出した。

「あ…りがとう。」

涙声で小さく言うと、不機嫌そうに呟かれた。

「質問…出来なかったじゃねぇか。」

「ごめ…」
「星也~千南ちゃん!!何してんの?」

謝ろうとした時、海に入って遊んでいる幸恵ちゃんから声がかかった。ハッとして顔を上げると手を離され、代わりに急に腕を引っ張られた。

「え…」

海の近くまで来るといきなり、私の腕ごと海へとほうり投げられた。

「ひゃあ!!」

『ざばーん』

案の定私は海の中に服ごと入る形になり、びしょびしょになってしまった。

「ちょっと星也~何やってんの!?千南ちゃん、大丈夫?」

「あ…うん。」

月島君は無言で私に向かって助けの手を差し出した。その時、耳元である言葉が囁かれた。

「涙…引っ込んだ?」

「あ…」

そのためにわざと海に…。思わずその不器用な優しさに、私は微笑んだ。

「今度は星也の番だ~!!」

「あ?何が…」

月島君の言葉も聞かず、立川君と佐々木君が月島君に向かってダイブした。大きな音と波を立てて三人は私と同じ状態になった。三人の姿を見た私と幸恵ちゃんは同時に笑い出した。
そんな私達を見てなのか、怒った月島君は私達女の子に目一杯の水をかけ始めた。

どのくらい遊んだのだろう…時間を見て、そろそろ切り上げようとことで新しい服に着替え、私達は海を後にした。

旅館に帰る途中、私は今日の出来事を思い出していた。嫌なこともあったけど、みんなと過ごしてとっても楽しい。
しかし、そんな思いは長くは続かなかった。




次の日、朝からクラス全員で『自転車の国』に来ていた。そこには大小様々な自転車があった。

パーク内から出ないこと、16時にはバス前に集合することを決めてそれぞれ好きな場所に散った。

私は幸恵ちゃんと乗る約束をしていて行こうとした時、ある人が目に入った。せっかくだし…と笑顔で彼女に声をかけてみる。

「飯…咲枝ちゃん。良かったら一緒に遊ばない?」

私は前、幸恵ちゃんに言われたことを思い出し、思いきって名前で呼んでみた。
彼女は相変わらずの無表情で私を見た後、ちらりと幸恵ちゃんの方を向いた。

「あ…良いよね?幸恵ちゃん。」

「うん!!一緒に行こう♪」

昨日の出来事があったから、幸恵ちゃん嫌な顔をするかと思った私は、笑顔の幸恵ちゃんに内心ちょっとホッとした。

咲枝ちゃんは軽く頷き、私達三人は再び自転車があるとこに行こうとしたが、たまたま一人で居た紗羅ちゃんも誘い、四人で向かった。


私達は様々な自転車に乗って楽しんだ。
四人乗り、二人乗りや一人乗り。
そして小さなレースを体験したりして過ごした。

「そろそろお昼にする?」

紗羅ちゃんがふと口にした時は12時を回っていた。みんなで顔を合わせ、レストランに向かった。
その途中で幸恵ちゃんがトイレに付き合ってほしいとのことで、レストラン前に二人を残して幸恵ちゃんと再びパーク内を歩いた。

「すごい楽しいね♪」

「うん!!あ、午後からはこっちのエリア行かない?」

私達はトイレを済ましてから、レストランまでの間、午後からの予定を話していた。

「…でも良かった。」

会話を一通り終えて、独り言の様に呟いた私の言葉に幸恵ちゃんは不思議そうな顔をした。

「前日のことがあったから、咲枝ちゃんと行くの反対されるかと思った♪」

冗談まじりにはにかむと、幸恵ちゃんは言葉を失ったように悲しそうな表情をした。

「ど…どうしたの?」

また何かまずいことを言ったかと慌てて口を開くと、信じられない言葉が返って来た。

「…作戦変更して、一緒に行動しただけなの。」

作…戦…?
私は思考が完全に停止していた。

「ごめん…ごめんなさい。」

ひたすら謝り涙を流す幸恵ちゃんを前に、私は何も言えなくなってしまった。


「千南、幸恵…。」

私を呼ぶ声に顔を上げると、紗羅ちゃんと立川君が複雑そうな顔を浮かべ立っていた。

紗羅ちゃんは幸恵ちゃんに気付くと近づき、泣き止ませるように背中をさすった。
立川君は私の前に立ち、困った表情をしている。しかし、意を決めるように大きく息を吸って喋り始めた。

「幸恵が悪いな。」

まずは幸恵ちゃんのことについて謝って来た。私は首を横に振り、幸恵ちゃんの方を見た。少しずつ落ち着いてきたみたいで、紗羅ちゃんから受けた水を飲んでいる。その様子に少し安心して見ていると再び立川君が話し始めた。

「今回はここで…その…やることが前から決めてたんだ。」

やること=いじめのことだろう。私は少し視線を落とし、立川君の話に耳を傾けた。

「でももしかしたら千南が咲枝を誘うんじゃないかと、星也が言ってて…そしたら紗羅と幸恵に協力してもらう作戦になったんだ。ある合図で星也達が動くことになってて。」

「それって…お昼食べようの後のトイレ?」

「完全なる合図は決まってなかったが、おそらくそれだと。」

「私…ずっと分からなかった。」

私はこのクラスに会ってからずっと疑問にあったことを問いかけた。

「なんで咲枝ちゃんにあんなことするの?」

立川君の目が揺らいだのを確認した私は、さらに言葉を続ける。

「昨日幸恵ちゃんが言ってた、双子がどうとかと関係あるの?」

「それは…」

それ以降無言となってしまった立川君を見て、これ以上は言えなさそうと判断した私は、とりあえず咲枝ちゃんを探すことにした。

「待って!!」

走りだそうと思った私にかかった制止の言葉。振り向くと立川君が真剣な目で見ていた。
やがて私を見つめたまま口を開いた。

「パーク外の湖。」

「え…」

「咲枝達は、パーク外の湖に居るはず。」

「なんで…」

「本当は嫌なんだ…こんなこと。」

「智一っ!!」

「良いから!!」

紗羅ちゃんが声を荒げたが、立川君がすぐにそれを打ち消した。私は一人状況が飲み込めず、憮然と立ちすくしていた。
すると立川君は真っ直ぐに私を見て、言った。

「俺達…クラスみんな本当はこれ以上咲枝を傷付けるの嫌なんだ。でも敵討ちのためにやっている。」

「敵討ち…?」

「ごめん…これ以上は俺の口からは言えない。…でもこれを止めたいのは本当だ。だけど、俺達には止められない。だから…お願い千南、止めてくれないか?都合が良いかもしれないが、本気なんだ。」

私は戸惑った。でも立川の目は真剣そのものだった。本気なんだ…。私は覚悟を決めたように大きく頷いた。

「分かった。」

私がパーク外の湖に行くと、佐々木君や月島君を含めた何人かが咲枝ちゃんを囲んでいた。そして咲枝ちゃんを湖に落とそうとしていた。

「っ…駄目!!」

その声に反応したのか、みんなが動きを止めこちらを見た。佐々木君はうんざりした口調で声を出した。

「止めんなよ。」

「何言ってんの!止めるよ!!…何でこんなことすんの?」

私は反発した声のまま聞いてみた。佐々木君の代わりなのか、その答えは月島君から返ってきた。

「復讐だよ。」

立川君から敵討ちと聞いていた私は、恐るべき答えが返ってきて固まってしまった。

「復讐…?」

「そう。そのためにこうゆうことしてんの。」

淡々と言葉を口に出してる月島君は、昨日見た彼の顔とは違い冷たい目をしていた。

私が動かないのを見ていた佐々木君は不意に咲枝ちゃんを湖へ落とそうと手を伸ばした。しかし反射的に身体が動いた私は庇うように佐々木君の前へ飛び出した。月島君が気付き、佐々木君を止めようとしたが一歩遅く、私は湖へ落ちた。

「~っ」

タイミングが悪く、私は思いきり水を吸ってしまった。

『苦しい…』

そう思った後の記憶は私にはない。


「うっ…けほっ…けほっ…」


気付いた時にはどこかへ横になっていた。横を見ると幸恵ちゃんが心配そうな顔をしていた。周りを見渡すと若松先生や佐々木君、クラスのみんなも揃っていた。

「千南ちゃん!!良かった~目覚ましたのね♪」

「えっと…ここ…」

「公園のベンチだよ。」

「あ…私…」

幸恵ちゃんにそう言われて、記憶を辿ろうとした時、月島君の怒りの声が聞こえた。

「何であんなことした?」

「えっと…」

言葉に詰まり彼を見ると、洋服が少し濡れていた。もしかして月島君が助けてくれたのかな…?私はそんなことを思いながら、先程の出来事を思い返してみる。

あの時は咲枝ちゃんを助けたい一心だった。そうかすかに思ったら今度は先生の声が聞こえた。

「相原さん。何で湖なんかに落ちたの?」

「うぅ…えっとー」

状況を知らなそうな様子で聞いてきた。私は少し考えたが、苦笑いを浮かべて次のように答えた。

「湖にストラップ落としてしまって…取ろうとしたら落ちちゃったんです。」

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「……お前、百パー馬鹿だよな。」

「…素直に本当のこと言った方が良かった?」

「別に。」

今私は、ベンチに座って隣に立ってる月島君をはじめとするみんなと話していた。
先生にはクラス委員を含める数人が付いてるということで、この場を任せてもらえた。

「智一や幸恵がこいつに色々話したのか?」

「う…」
「何も聞いてないよ。」

立川君の返事を遮るように言葉を発した。

「私は貴方達の事情も、具体的なことは何も知らない。」

「…っ……」

月島君は何か言おうとしたがそのまま口を閉じてしまった。やがてゆっくりと低い声で呟いた。

「お前が邪魔しようが俺らにはたいした問題じゃない。」

そう言うと佐々木君達と一緒に、足早に行ってしまった。

「…あの…千南ちゃん…私達…」

幸恵ちゃんがとぎれとぎれに、言葉を出している。

「大丈夫だから気にしないで♪」

私は幸恵ちゃんの気持ちが分かり、にっこり笑って見せた。

「これ着ろよ。いくらタオルで拭いても、体温が奪われてる。」

心配そうに少し照れながら、立川君は自分の上着を差し出した。私は少し考えやんわりと断った。

「ありがとう。でも大丈夫!!色んな意味で頭冷えたからさ♪」

「…分かった。じゃあ、寒かったらいつでも貸すからな♪」

明るく言った私に、立川君は微笑んで返事をした。
その後少し遊んでから、予定通りの時間で旅館に帰って行った。


移動教室の最終日、私達は海に来ていた。
目の前のキラキラしている海に、みんなは一斉に駆け出した。

水で遊ぶ人や砂で遊ぶ人、貝殻を拾ってる人など様々な人が居る中、私はみんなとは離れて右側の崖の方に行った、咲枝ちゃんを見た。

どこ行くんだろう…?

なんとなく気になった私は咲枝ちゃんの後を追いかけた。
彼女は崖っぷちのとこに立つと、上から海を見下ろしていた。

「あっちで遊ばないの?」

私は明るく声をかけると、やはり無表情のまま振り返った。

「今日は良い。」

一言答えるとまた海の方へと向いてしまった。

また無言の空気になってしまった私は、ずっと心に溜まっていたことを咲枝ちゃんに言った。
あの時のゆきと同じ様に…。

「ねぇ咲枝ちゃん、友達にならない?」

私の言葉に咲枝ちゃんは一瞬驚いた。が、すぐにいつもの無表情に戻ると小さな声で呟いた。

「―い」

「え?」

「友達なんか要らない。…もう助けなくて良い。だから余計なことしないで。」

「でも…」

「良いから、ほっといて!」

そう言った咲枝ちゃんの顔はとても淋しそうだった。言い捨てると咲枝ちゃんはみんなが居る方に向かってしまった。

私は咲枝ちゃんの淋しそうな顔を思い出しながら、崖にしゃがみ込んだ。

「…私のやってることってただのお節介なのかな…」

「そうだな。」

独り言のように言うとどこからか声が聞こえた。顔を上げると月島君や佐々木君達が立っていた。