「着いた~!!」
そう声を上げたのは幸恵ちゃんだ。
一行を乗せたバスは伊豆高原にある旅館に停まった。大きな旅館に瞬きしながらふと横を見ると海が見えた。
「海だ~♪」
誰が言うこともなくみんな海に夢中になり、騒ぎ出した。
「こらっ!!外出はまず旅館内に荷物置いてからだ!」
二年生の主任の先生にビシリと言われ、ぞろぞろと旅館の各部屋に向かった。
今回私達の学年、総勢156(先生含めて160)人がお世話になる宿は貸し切りとなっており、この宿はもともとの客室が40室で、その内の32室を使う。
私は飯田さん、幸恵ちゃん、それにクラスの中のお笑い的存在アミーとリーノの5人部屋になった。この二人は本名は違うもの皆からそう言われてる。
-301-
ここが私達の部屋だ。
一回はロビーやお風呂、食事処などがあるみたいだ。
部屋に着くなり、幸恵ちゃんが外に向かって歓声を上げた。
「見て見て~!!オーシャンビューだよ♪」
「本当~♪ここから浜に降り立てそう!!」
「それやったら、砂浜殺人事件起きてしまうやん!」
すかさずツッコミを入れたのは関西弁のアミー。
私と幸恵ちゃんは二人のやりとりに吹き出してしまった。
荷物整理も兼ねて、少し休んで私達は部屋を出た。
ここから18時までは班行動となる。19時から夕食のため必ず18時までに帰るように約束がされていた。
アミーとリーノのと別れた私は幸恵ちゃん、飯田さんと共に待ち合わせ場所の駅へと歩いて行った。本当は旅館前にしようと思ったが、待ち合わせする人が絶対多いと月島君に指摘され、駅集合にしたのだ。
案の定旅館前には、男女の待ち合わせをしてる人でごった返していた。
本当旅館前にしなくて良かった…そんなことを思いながら駅へと急いだ。
「遅いっ!!」
幸恵ちゃんの怒号が駅に響いた。
私達が着いてから、男子が来たのは20分もあとだった。
「んな怒んなよ幸恵。」
「そうだぜ。それに怒るとますます不細工になるぞ~?」
全然詫びる様子もない佐々木君と立川君に、幸恵ちゃんの怒りはさらに倍増してる様子になった。
「幸恵ちゃん、みんなだって悪気があったわけじゃないんだし…。」
私は必死になだめるが、なかなかおさまらない。そんな怒りも次の月島君の一言でおさまるのだった。
「アイス」
「え?」
みんな一瞬ポカンとし、月島君の方を向いた。
「アイス奢ってやるからとっとと行くぞ。」
そう言い、一人でさっさと行ってしまった。
「ちょ…ちょっと月島君!」
私は必死に追いかけ、小声で話しかけた。
「そんなんで幸恵ちゃんの機嫌が直ると思わないんだけど…。」
不安そうにそう聞くと、無言で後ろを指した。
私が振り向くと上機嫌な幸恵ちゃんの姿があった。
「あいつアイスには目がないから、機嫌損ねたらとりあえずアイスだ。」
幸恵ちゃんの意外な弱点と、月島君の周りを良く見ていることの意外さに感心した班行動が始まった。
「美味しい♪」
伊豆高原駅の近くにあったお店の、アイスを頬張りながら幸恵ちゃんは幸せそうに言った。
私達女の子はバス席の隣になった男子にアイスを奢ってもらうことにした。
私はミルクソフトを口にしながら月島君のちらりと見る。
なんか悪いような…そんなことを思っていると月島君が口を開いた。
「遅れたこっちが悪いから、別に悪いと思わなくて良いから。」
「え?」
心が読まれるとびっくりしながら横を見る。
「…顔に出てる」
「っ~」
恥ずかしい…。心で思ってただけなのに顔に出てたなんて。
「んなことより飯食わないか?」
ふと携帯を見ると11時半を指していた。いくらアイスを食べても、これだけではお腹の足しにならない。私は月島君に軽く頷くとみんなの方へ振り返った。
「そろそろお昼にしない?」
私の言葉にみんな笑顔になり、事前に決めていたお店へと向かった。
お店に着くと店員さんは外席の海が見える席に案内してくれた。
「海見ながらご飯食べれるなんて良いね♪」
幸恵ちゃんが笑顔で話しかけて来た。
私も笑顔を返し、メニューを開いた。
食事しながら私は今後の予定を確認していた。
「次はガラス工房に行き…その後いちご狩り、最後に海だね。」
私の言葉に反応するように幸恵ちゃんは口を開いた。
「私ガラス工房なんて初めてだから、楽しみ♪」
その隣では立川君達がいちごがいくつ食べれるか競争な!!なんて話している。
私はちらりと飯田さんの方を見た。
今クラスで起きていること。この移動教室中に何かあると思っていたが、何も起きなさそうなこの状態に少し安心しながら食事を続けた。
食事を終えてそろそろ出ようと立ち上がった時、目の前の海に知った顔があった。
…あれって…結衣に琥珀?それに前の学校の…
「千南ちゃん…?」
「え?」
動きが止まっていた私を心配そうに幸恵ちゃんが見ている。前を見ると他のみんなもどうした?と言う顔で見ていた。
「どうかしたの?」
「いや…何でもない!!」
目一杯の笑顔で顔を向け、早く行こうとみんなを急かした。私の胸に残ってるドキドキは消えないまま…。
ガラス工房の場所はランチした所から程近い場所にあった。
中に入り、さっそく体験をし始めた。お客さんは私達の他にカップルが一組と、違うクラスの生徒が一組居た。
みんなそれぞれ好きなものを作り始め…とは言っても私達が作れるのはせいぜいグラスか、小さな花瓶ぐらい。私と幸恵ちゃん、月島君は花瓶を。飯田さん、佐々木君、立川君はグラスを作ることにした。
意外と熱が強くて火傷しないように気をつけながら、ガラスを溶かしていく。
30分ぐらいした時、右から声が上がった。
「出来た♪」
「俺も~!!」
「なかなかかな♪」
よし!!私も出来た花瓶を見て一息ついた。こんなもんかな…とふいに横を見ると、私とは比べものにならないぐらいの小さいけど立派なグラスがあった。
綺麗だし可愛いし…すごい!!
「わぁ~素敵だね!!飯田さんこうゆうの得意なの?」
作った本人、飯田さんに声をかけてみた。
すると無表情の真顔のまま返事が来た。
「得意って程じゃない。前に少しやったことがあるだけ。」
「あ、そうなんだ~。でもすごいよ♪一つの作品みたい!!」
「お、本当だな!」
いつの間にか周りにみんなが集まっていた。
普段は人のことを褒めなさそうな佐々木君でさえ、咲枝やるじゃん!!なんて言ってる。
中心に居る飯田さんは、無表情ながらなんだか嬉しそうに見えた。
このまま平和だったら良いな…私は心で小さく願った。
出来たガラス工芸品は乾くのに一日かかるみたいなので、家に送ってもらうことにした。
ガラス工房を後にした私達は、次の目的地のいちご狩りへ急いだ。
「ふ~腹いっぱい!!」
「本当に競争なんてやったの?」
お腹を押さえ、ちょっと苦しそうにしている立川君達に幸恵ちゃんは呆れながら聞いている。
「もちろん♪…と言いたいとこだけど、正直誰が1番か分からねぇな。」
「みんなけっこう食べたしね。」
立川君の言葉に苦笑いを浮かべてそう答える私に、佐々木君は意地悪そうな声で喋り始めた。
「俺らも食ったが、お前ら女子のが絶対食ってるぞ。入る前と比べてなおさら真ん丸してるしな~♪」
「え…嘘!?」
太ったかと思った私は急いで鏡で自分の顔を見る。
「相原、冗談だ。怜もあんまりからかうなよ。」
「冗談…って佐々木君!?」
「星也~なんで冷静にツッコミ入れるかな~。もう少し騙せそうだったのに。」
「あのね~本気にしちゃったじゃん!!」
「てかけっこう千南って話せるんだな~♪冗談も通じないやつかと思ってた!!」
笑いながら立川君に言われて若干のショックだった。そんなにとっつきにくかったかな…?
「まぁ…怜のあんな言葉に騙されるんだから、馬鹿なのは思ってた通りだけど。」
「ばっ…ちょっと月島君!いくらなんでも失礼じゃない!?」
怒り全開で月島君に当たった私だけど…彼は「次海行くか~」と、見事にスルーされてしまった。
月島君の言葉を元に、一行は海へ向かった。
そして、小声で幸恵ちゃんに話しかけた。
「ねぇ幸恵ちゃん。月島君とかっていつもあんな感じなの?」
「え?あんな感じって?」
「えっと…立川君は私が思ってた通りの人なんだ。いつも明るくて元気みたいな。でも佐々木くんは怖いし、月島君は何考えてるか分からない人だし。」
「あーあははは…なるほどね♪」
私の言いたいことが分かったように、声を上げると急に笑い出した。
「見た目だとみんな勘違いされやすいんだよね♪でも性格は全然違うよ。智一は…まぁ千南ちゃんが思ってる性格通りだね。あとは…」
幸恵ちゃんの説明だとこうらしい。
佐々木君は強引なところもあるけど、人と話すのが好き&からかうのが好きで、素直な性格じゃない人。
月島君も素直な性格じゃないけど、本当は誰よりも周りを見ているしっかり者。
二人の意外性に少し感心しながら呟いた。
「じゃあ、飯田さんも本当は違うの?」
その時、幸恵ちゃんの顔が曇った気がした。
しかしそれは一瞬のことで、すぐに笑顔に戻った。
「咲枝はいつもあんなだよ。…そんなことより、千南ちゃんも下で呼びなよ~とくに男子♪」
「え?」
唐突に言われて何か分からなかったが、すぐに名前だと気付いた。
そういえば男女関係なく、みんな名前で呼んでたような…。でも中学生で珍しいよね。
私の考えを読んだのか、ふいに幸恵ちゃんが口に出した。
「私達のクラスは一年の時からそうなの♪男女関係なく仲が良くて…いつの日かみんなが名前で呼んで、今に至ってるの♪」
「そうなんだ~。」
なんか前の私のクラスと似てるな…。
「本当は双子が居るから、見分けが付くように呼んだのが初めなんだけど。」
「え?」
小さな声で幸恵ちゃんが言葉を付け足したが、私の耳にはすごく印象に残った。
「双子…?」
ふいに声に出してたのか、前を歩いていた佐々木君達が怖い顔で振り向き幸恵ちゃんに近づいた。
「幸恵、お前そいつに何話した?」
「あ…別に。」
「じゃあお前。何で今、双子って言った?」
今後は私に聞いてきた。もしかして、聞いちゃいけないことだったのかな…。みんなの雰囲気から察した私はごまかすように、嘘をついた。
「ニュースだよ。前にアメリカで犬の双子が生まれたっていう話をしてたの。ね、幸恵ちゃん?」
「う、うん。」
私は笑顔でみんなに説明した。勘がするどそうな月島君が納得するか心配だったが意外にもあっさり納得したようだった。
再び歩き出した一行の目の前には、キラキラ光る海が見えた。
明らか元気がなくなった幸恵ちゃんを心配そうに横目で見ながら、私の目は海に奪われていた。
砂浜沿いの近くにあったコインロッカーに荷物を預け、私達は海へと繰り出した。
「海~!!」
みんな思い思いにはしゃいで、砂浜を駆け出した。私はゆっくりした足どりで砂浜を歩き、さっきのことを思っていた。
しかし前を見ても何もなかった様に、幸恵ちゃん達はみんなで水をかけたりして遊んでいる。気のせいだったのかな…。
「何考えてんの?」
「わっ!!」
急に話しかけられて驚いて振り向くと、相変わらずのぶっきらぼうの月島君が立っていた。
「あはは~別に何でも。」
「ごまかすの下手だね。」
「うっ…」
やっぱりさっきのばれてた?
恐る恐る見ると、ますます怒ってる様子の彼の顔があった。そして怒り声で私に問いかけた。
「どこまで聞いた?」
「………」
私は何も答えることが出来ず、黙っていた。月島君は一つため息をつくともう一度、今度は更に怒ってる低い声で問いかけた。
「良いから答えろ。どこまで聞いた?」
「もしかして千南…?」
月島君の声と重なるように聞いたことのある女の子の声がした。
顔を上げると前の学校の数人が立っていた。
「やっぱり千南だ~♪」
「久しぶり!!」
私だと分かるとみんなは一斉に集まって来た。するとみんなの視線はこちらを睨んでる月島君に向いた。
「もしかして…千南の彼氏?」
「え…ち、違う!!違うよ~何言ってんの!?」
全力で否定するとある男の子がからかう口調で笑った。
「ま、千南の彼氏のわけないよな~。こんなカッコイイ奴千南には合わないし♪」
「そうだよ~…って失礼な!!」
一斉にみんなで笑った。
なんだ私まだ笑える。みんなの前で普通に出来るじゃん。…こんな姿ゆきが見たらどう思う?私は心に複雑の想いをしまったまま話を続けた。
しばらく久しぶりに話した後、誰かが静かに口を開いた。
「千南…ごめんね。」
「…え?」
「私、あの時のことずっと謝りたくて…。でも引っ越し先も知らないし、音信不通になるしでずっと心に残ってて。」
それに連れられる様にそれぞれ私に向かって謝って来た。私は一瞬迷ってしまった。ゆきの件は理由があるにしろみんな悪い。
だけど私自身…私の存在がゆきを苦しめた。
本当は嫌だけど…何故か口から自然と言葉が出て来てしまった。
「全然良いよ!!私だって悪いとこあったし、気にしないで♪」
私は改めて自分の性格が嫌だと思った。でも自然と笑ってしまった。悲しい心を隠すように。
私の笑顔と言葉に安心したのか、みんな真剣な表情からいつもの表情に戻った。
しかし次の言葉でまた私の心は苦しむことになる。
「そうだ!!千南、琥珀や結衣と仲良かったよね!?呼ぼうか?」
「…あ~琥珀と結衣?」
「そう♪近くに居ると思うし…久しぶりに話したいよね?」
「えっと…」
正直二人には会いたくない。別に嫌いなわけではないが、あの一件があってから一緒に行動してないし何より気まずい。
二人はゆきや私のことどう思ってるのか、聞きたいけど怖い…。
「千南…?」
駄目だ…笑わなきゃ…でも、泣きそう…。
「悪いけど…俺達時間決まってて、そろそろ行かなきゃだから。」
「あ、そうなんっすか。」
「ごめんね、千南。またね~♪」
「メールしてね!!」
月島君の言葉でみんなは帰って行き、私は手を軽く握られ、砂浜を引きずるように歩き出した。
「あ…りがとう。」
涙声で小さく言うと、不機嫌そうに呟かれた。
「質問…出来なかったじゃねぇか。」
「ごめ…」
「星也~千南ちゃん!!何してんの?」
謝ろうとした時、海に入って遊んでいる幸恵ちゃんから声がかかった。ハッとして顔を上げると手を離され、代わりに急に腕を引っ張られた。
「え…」
海の近くまで来るといきなり、私の腕ごと海へとほうり投げられた。
「ひゃあ!!」
『ざばーん』
案の定私は海の中に服ごと入る形になり、びしょびしょになってしまった。
「ちょっと星也~何やってんの!?千南ちゃん、大丈夫?」
「あ…うん。」
月島君は無言で私に向かって助けの手を差し出した。その時、耳元である言葉が囁かれた。
「涙…引っ込んだ?」
「あ…」
そのためにわざと海に…。思わずその不器用な優しさに、私は微笑んだ。
「今度は星也の番だ~!!」
「あ?何が…」
月島君の言葉も聞かず、立川君と佐々木君が月島君に向かってダイブした。大きな音と波を立てて三人は私と同じ状態になった。三人の姿を見た私と幸恵ちゃんは同時に笑い出した。
そんな私達を見てなのか、怒った月島君は私達女の子に目一杯の水をかけ始めた。
どのくらい遊んだのだろう…時間を見て、そろそろ切り上げようとことで新しい服に着替え、私達は海を後にした。
旅館に帰る途中、私は今日の出来事を思い出していた。嫌なこともあったけど、みんなと過ごしてとっても楽しい。
しかし、そんな思いは長くは続かなかった。