半年前と同じ気持ちを想いながら、私はその光景を見ていた。

初めは見ていた周囲のクラスメートも、次第に水などをかけだしたり消しゴムを投げたり、黒板に暴言とも思える落書きをしたりとしている。

どこかの絵画にあるような、イジメを描写するものが目に映っている。

私は言いたかった。
でも言えなかった。
言おうと言葉を出そうと思ってみるも、どこか詰まる喉奥。

悔しい―悔しい―
気持ちが募るばかりで言葉がない…。

「…千南ちゃん。千南ちゃん!」

ハッと顔を上げると隣の席の幸恵ちゃんが、黒板前で私を手招きしている。

「千南ちゃんも一緒に書こうよ!!」

私も一緒に…?

私はどう返事をしたら良いか分からず、立ちすくんでいた。

すると飯田さんのそばに居た佐々木君が無理矢理とも思える力で、私にチョークを持たせた。

「さっさとやれよ。」

不機嫌そうに一言言うと睨み付けるように私を見下した。

「………」

いまだに微動もしない私に対して、周囲から少しずつ不満の言葉が漏れ始めた。

「早くやれよ―」
「おせよ―」

「っ…」

どうしようと身体が震えチョークを落としになった時―

「男子やめなよ。」

一つの助け舟が出された。声の主は女子学級委員の紗羅ちゃんだ。



「千南ちゃん、ごめんね。急にやれって言われても無理な話だよね。少しずつ慣れて行こう?」

本当の恐怖心に襲われた私は軽く頷いた。

その後何事もなかったかの様にクラス全員で移動教室についての話し合いをした。
私はクラスに馴染みながらも上の空で、前の席の飯田さんの背中ばかり見ている。

「ね~千南ちゃんは伊豆のどこ行きたい?」

「え?」

ふいに名前を呼ばれて慌てて黒板を見たら、伊豆の行きたいとこについていくつか候補が上がっていた。

「あ、えっと……あの自転車の国とかかな?」

「お、やっぱりそうだよね♪私も自転車の国行きたい!!」

「私も♪」

「俺も行きて―」

皆から賛成の声が上がり、学級委員の村井君は大きく声を上げた。

「では、一日目は班での自由行動。二日目に自転車の国へ行き、最終日三日目に海にて遊ぶと言うことで良いですか?」

「賛成~!!」

一致団結して決まった。
班はくじ引きで決めることにし、私は幸恵ちゃんに手を引かれひいた。
運が強いのか弱いのか、私達の班は個性的な班になった。
黒板に書き込まれていく名前を見て思った。

3班
・佐々木怜 ・月島星也
・立川智一 ・新崎幸恵
・相原千南 ・飯田咲枝

あれ…月島君って誰だろう…?
見知らぬ名前に私は疑問を抱いたまま、その日の学校生活が終わった。


「ふぅ…」

家に帰るなりベッドに横たわり、今日の学校での出来事を思い返していた。

一人の子をターゲットとしたクラス内でのイジメ

しかしその生徒達は先生達からの人望は厚いか…

どうしよう
どうしたら良い?

「ねぇ…ゆき」

独り言のように呟くと、自然に涙が出て来た。

「私また怖くて逃げたの。こんな姿あなたが見たらなんて言うかな…」

あの時のゆきの顔が頭に過ぎる

笑いながらも泣いていた
「ありがとう」
と言ってくれた―

「助けたい…けどまたあの時みたいになったら…ッ~」

なんで泣いているのか分からない。
でも自然と次々と涙が出て来た。

「言えば良かった…。何も言えなくてごめんね。」

独り言のように呟いて
ベッドに横たわり
また涙を流した―


「千南~!!折りたたみ傘持ってけ~」

玄関を出ようと靴を履いていた私は、ちぃ兄に言われて慌てて振り返った。

「うんっ」

ちぃ兄から傘を受け取ると、走って学校に向かった。

「行って来ます!」

今日は移動教室の日。
二年生の集合場所は学校になって居て、そこからバスにて伊豆に行く。

携帯を見ながら時間を確認する。
普段は持ち歩き禁止だが、移動教室の日は特別許可が下りてる。私はもともと持っていなかったが、他の子が持っているのと何かあると危険だということで親が買ってくれた。
そんな初めての携帯を嬉しい気持ちで見ながら、急ぎ足で学校へと向かった。

「あ、千南ちゃんおはよう♪」

「おせぇよ。」

幸恵ちゃんの明るい声と佐々木君の文句が同時にとんでくる。

「おはよう…ごめん。」

ちょっと憂鬱になりながらぎこちない笑顔を浮かべる。
バスの座席は班ごとになっている。
周りに居るメンバーを見た。

「あ…」

そこには初めて見る顔があった。
佐々木君、立川君と話してる綺麗な顔立ちだけど赤髪でちょっと怒ってる目つきの男の子。

「…何?」

がん見していたらしく、その男の子は不機嫌そうに問い掛けた。

「あ、いや……席順…どうする?」

とっさに出て来た言葉は席順のことだった。

「席順…?」

いかにも興味がなさそうないらついた表情で繰り返す。

「そういえばそうだな!今グッパーで決めちゃおうぜ♪」

立川君の提案で私達の班はグッパーをした。

「………」

「千南ちゃんと離れちゃったね~。」

幸恵ちゃんが後ろから残念そうに息を吐いた。

「そうだよね…。」

私は返事を返し、ちらりと隣の席を見た。そこには赤髪と相変わらずぶすっとした顔があった。
なんでよりによって月島君って言う人と…。

幸恵ちゃんか飯田さんの隣になることを願っていた反面軽くため息をつく。
でもせっかくだし何か話さないと…そうだ!!いじめのことについて聞いてみよう!
そう思い、一呼吸おいてからは月島君に話しかけた。

「ねぇ…月島君、伊豆楽しみだね♪」

まずはたわいない話からしていこうと話始めたが…

「別に。」

彼の一言で幕を閉じた。

「えっと…あの―」

「あんた意外と変化球で来るんだね。」

「…え?」

「ストレートに聞けば良いじゃん。イジメについてどう思うか。」

「それは…」

「自業自得だよ。」

「え…それって―」

「おい星也、お前もこっち来いよ。みんなでトランプやるぜ!」

繰り返し聞こうと思ったが、佐々木君の言葉に月島君は席を立ってしまった。

『自業自得』

確かに言った言葉が頭に残ったまま、ぼんやり変わりゆく外の景色を見ていた。

「着いた~!!」

そう声を上げたのは幸恵ちゃんだ。

一行を乗せたバスは伊豆高原にある旅館に停まった。大きな旅館に瞬きしながらふと横を見ると海が見えた。

「海だ~♪」

誰が言うこともなくみんな海に夢中になり、騒ぎ出した。

「こらっ!!外出はまず旅館内に荷物置いてからだ!」

二年生の主任の先生にビシリと言われ、ぞろぞろと旅館の各部屋に向かった。

今回私達の学年、総勢156(先生含めて160)人がお世話になる宿は貸し切りとなっており、この宿はもともとの客室が40室で、その内の32室を使う。

私は飯田さん、幸恵ちゃん、それにクラスの中のお笑い的存在アミーとリーノの5人部屋になった。この二人は本名は違うもの皆からそう言われてる。

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ここが私達の部屋だ。
一回はロビーやお風呂、食事処などがあるみたいだ。

部屋に着くなり、幸恵ちゃんが外に向かって歓声を上げた。

「見て見て~!!オーシャンビューだよ♪」

「本当~♪ここから浜に降り立てそう!!」

「それやったら、砂浜殺人事件起きてしまうやん!」

すかさずツッコミを入れたのは関西弁のアミー。
私と幸恵ちゃんは二人のやりとりに吹き出してしまった。

荷物整理も兼ねて、少し休んで私達は部屋を出た。
ここから18時までは班行動となる。19時から夕食のため必ず18時までに帰るように約束がされていた。

アミーとリーノのと別れた私は幸恵ちゃん、飯田さんと共に待ち合わせ場所の駅へと歩いて行った。本当は旅館前にしようと思ったが、待ち合わせする人が絶対多いと月島君に指摘され、駅集合にしたのだ。

案の定旅館前には、男女の待ち合わせをしてる人でごった返していた。
本当旅館前にしなくて良かった…そんなことを思いながら駅へと急いだ。

「遅いっ!!」

幸恵ちゃんの怒号が駅に響いた。
私達が着いてから、男子が来たのは20分もあとだった。

「んな怒んなよ幸恵。」

「そうだぜ。それに怒るとますます不細工になるぞ~?」

全然詫びる様子もない佐々木君と立川君に、幸恵ちゃんの怒りはさらに倍増してる様子になった。

「幸恵ちゃん、みんなだって悪気があったわけじゃないんだし…。」

私は必死になだめるが、なかなかおさまらない。そんな怒りも次の月島君の一言でおさまるのだった。

「アイス」

「え?」

みんな一瞬ポカンとし、月島君の方を向いた。

「アイス奢ってやるからとっとと行くぞ。」

そう言い、一人でさっさと行ってしまった。

「ちょ…ちょっと月島君!」

私は必死に追いかけ、小声で話しかけた。

「そんなんで幸恵ちゃんの機嫌が直ると思わないんだけど…。」

不安そうにそう聞くと、無言で後ろを指した。
私が振り向くと上機嫌な幸恵ちゃんの姿があった。

「あいつアイスには目がないから、機嫌損ねたらとりあえずアイスだ。」

幸恵ちゃんの意外な弱点と、月島君の周りを良く見ていることの意外さに感心した班行動が始まった。

「美味しい♪」

伊豆高原駅の近くにあったお店の、アイスを頬張りながら幸恵ちゃんは幸せそうに言った。
私達女の子はバス席の隣になった男子にアイスを奢ってもらうことにした。

私はミルクソフトを口にしながら月島君のちらりと見る。
なんか悪いような…そんなことを思っていると月島君が口を開いた。

「遅れたこっちが悪いから、別に悪いと思わなくて良いから。」

「え?」

心が読まれるとびっくりしながら横を見る。

「…顔に出てる」

「っ~」

恥ずかしい…。心で思ってただけなのに顔に出てたなんて。

「んなことより飯食わないか?」

ふと携帯を見ると11時半を指していた。いくらアイスを食べても、これだけではお腹の足しにならない。私は月島君に軽く頷くとみんなの方へ振り返った。


「そろそろお昼にしない?」

私の言葉にみんな笑顔になり、事前に決めていたお店へと向かった。
お店に着くと店員さんは外席の海が見える席に案内してくれた。

「海見ながらご飯食べれるなんて良いね♪」

幸恵ちゃんが笑顔で話しかけて来た。
私も笑顔を返し、メニューを開いた。
食事しながら私は今後の予定を確認していた。

「次はガラス工房に行き…その後いちご狩り、最後に海だね。」

私の言葉に反応するように幸恵ちゃんは口を開いた。

「私ガラス工房なんて初めてだから、楽しみ♪」

その隣では立川君達がいちごがいくつ食べれるか競争な!!なんて話している。
私はちらりと飯田さんの方を見た。

今クラスで起きていること。この移動教室中に何かあると思っていたが、何も起きなさそうなこの状態に少し安心しながら食事を続けた。

食事を終えてそろそろ出ようと立ち上がった時、目の前の海に知った顔があった。
…あれって…結衣に琥珀?それに前の学校の…

「千南ちゃん…?」

「え?」

動きが止まっていた私を心配そうに幸恵ちゃんが見ている。前を見ると他のみんなもどうした?と言う顔で見ていた。

「どうかしたの?」

「いや…何でもない!!」

目一杯の笑顔で顔を向け、早く行こうとみんなを急かした。私の胸に残ってるドキドキは消えないまま…。

ガラス工房の場所はランチした所から程近い場所にあった。
中に入り、さっそく体験をし始めた。お客さんは私達の他にカップルが一組と、違うクラスの生徒が一組居た。

みんなそれぞれ好きなものを作り始め…とは言っても私達が作れるのはせいぜいグラスか、小さな花瓶ぐらい。私と幸恵ちゃん、月島君は花瓶を。飯田さん、佐々木君、立川君はグラスを作ることにした。

意外と熱が強くて火傷しないように気をつけながら、ガラスを溶かしていく。
30分ぐらいした時、右から声が上がった。

「出来た♪」
「俺も~!!」
「なかなかかな♪」

よし!!私も出来た花瓶を見て一息ついた。こんなもんかな…とふいに横を見ると、私とは比べものにならないぐらいの小さいけど立派なグラスがあった。
綺麗だし可愛いし…すごい!!

「わぁ~素敵だね!!飯田さんこうゆうの得意なの?」

作った本人、飯田さんに声をかけてみた。
すると無表情の真顔のまま返事が来た。

「得意って程じゃない。前に少しやったことがあるだけ。」

「あ、そうなんだ~。でもすごいよ♪一つの作品みたい!!」

「お、本当だな!」

いつの間にか周りにみんなが集まっていた。
普段は人のことを褒めなさそうな佐々木君でさえ、咲枝やるじゃん!!なんて言ってる。
中心に居る飯田さんは、無表情ながらなんだか嬉しそうに見えた。

このまま平和だったら良いな…私は心で小さく願った。