私がいつも教室に入るといつもの光景が目に入 った。
一卓の落書きとゴミだからけの机が廊下に出て 、「市川ゆき」と綺麗な字で書いてある教科書 やノートが切られたり、カッターでずたずたに されている。
当の本人は黙って机を戻し、落書きを消してい る。
私は一緒にはやっていない。しかし止めること もしないのは同罪だ。 それは自分でも分かっている。しかし上手く身 体が動かなかった。声も出なかった。
悔しい気持ちを残したまま、私は学校を出て家 に向かった。 すぐに自分の部屋にこもると自然と涙が溢れ出 てきた。
何も出来ない自分が悔しくて―
どうしたら良いか分からなくて―
その夜…夢を見た。
小学生の頃の夢。 そこには楽しく遊ぶ私達が居た。私の横にはゆ きも居て、一緒に笑って遊んでた。
とても幸せな顔…それは今とは正反対だ。
「ゆき!?」
朝、夢から覚めた私はある決意をしていた。
イジメを止めることは出来ない…けど一緒に居 ることなら出来る。 戦おう、ゆきと一緒に…もう一度幸せを掴みた いから!!
そして学校に行って実行したんだ。 放課後…いつも通り一人で帰るゆきに話しかけ た。
「一緒に帰ろう?」と―
その日から私達は二人の仲良しグループになっ た。
初めは笑ってくれないゆきもだんだん笑ってく れるようになった。
そのうち不思議なことにゆきの周りからは「イ ジメ」がなくなっていた。
こんなことならもっと早くからやれば良かった 。 そんなことを思っていた日から数日―。 ホッとしたからか私は熱にうなされていた。
「う~ん…。」
「千南。」
「ん?」
気が付くとちぃ兄が傍らに居た。
「母さんが買い物行くから、大人しくしてなさ いってさ。」
「うん。…ちぃ兄学校は?」
「今日は開校記念日で休み♪でも部活あるから どのみち今から行くんだ。」
「部活…あるんだ。」
「おぉ。大会近いし、休めないからさ。じゃあ 行って来るから、ゆっくり寝てろよ~!」
「ん、行ってら~。」
誰も居なくなってしまった。 そんなことを思いつつ大人しく寝てることにし 、目を閉じた。
「ゆき…大丈夫かな?」
そんなことを呟きながら。
―3日後―
久しぶりに登校した私は1番にゆきに話しかけ た。
「ゆき~おはよう♪」
「千南ちゃん♪おはよう!」
3日ぶりに見るゆきは笑顔で、3日前と全然変 わらなかった。
しかし私はまだ気が付かなかったんだ。 この時のゆきの変化に。
放課後、いつもみたいに帰ろうと話しかけた時 、「今日は用事あるから帰れない」と断られた 。 用事なら仕方ないと軽く受け流してた私は、帰 る前にトイレに寄ろうと廊下を歩いてた時だっ た。
「ゆき、聞いてんの!?」
この声…。 聞いたことある声だった。 私はふと気になり声のする方へ駆け寄った。 そこには信じられない光景が広がっていたんだ 。
なくなってると思っていたイジメは更にエスカレートしていた。
「何やってんの!?」
怒りまじりの声を上げた私に、一斉に振り向いた一行の中に居たゆき。
青ざめた顔で立っていた。
「千南ちゃん…?何で…」
今にも泣きそうな声のゆきを無視して再び声を上げた。
「あんたたち…ゆきに何をしたの!?」
「何って…」
その内の一人が何か言おうと思った瞬間、ゆきが急にどこかに向かって走り出してしまった。
「え、ゆき?」
突然のことに戸惑ってしまったが、とりあえず一歩遅れて追いかけた。
「ゆき…ゆきっ!!待ってよ!」
やっと追いついた場所を息を整いながら確認する。
「屋上…?」
そこは学校の3階に位置する屋上だった。
「ゆ…」
「千南ちゃん」
今後は私の言葉を遮るようにゆきが声を出した。
「ごめん。ごめんね。せっかく救ってくれたのに…でもやっぱり駄目なんだよ。」
声では笑ってた…
でもゆきは泣いていた。
「私…弱虫なの。一人じゃ何も出来なくて…。」
「わ、私が居るよ!」
「ありがとう。でももう良いの。」
「ゆ…」
「今までありがとう…。大好きだよ。」
「―っゆき~!!」
そしてゆきは旅立った。
私に「大好き」の言葉を残して…。
半年前と同じ気持ちを想いながら、私はその光景を見ていた。
初めは見ていた周囲のクラスメートも、次第に水などをかけだしたり消しゴムを投げたり、黒板に暴言とも思える落書きをしたりとしている。
どこかの絵画にあるような、イジメを描写するものが目に映っている。
私は言いたかった。
でも言えなかった。
言おうと言葉を出そうと思ってみるも、どこか詰まる喉奥。
悔しい―悔しい―
気持ちが募るばかりで言葉がない…。
「…千南ちゃん。千南ちゃん!」
ハッと顔を上げると隣の席の幸恵ちゃんが、黒板前で私を手招きしている。
「千南ちゃんも一緒に書こうよ!!」
私も一緒に…?
私はどう返事をしたら良いか分からず、立ちすくんでいた。
すると飯田さんのそばに居た佐々木君が無理矢理とも思える力で、私にチョークを持たせた。
「さっさとやれよ。」
不機嫌そうに一言言うと睨み付けるように私を見下した。
「………」
いまだに微動もしない私に対して、周囲から少しずつ不満の言葉が漏れ始めた。
「早くやれよ―」
「おせよ―」
「っ…」
どうしようと身体が震えチョークを落としになった時―
「男子やめなよ。」
一つの助け舟が出された。声の主は女子学級委員の紗羅ちゃんだ。
「千南ちゃん、ごめんね。急にやれって言われても無理な話だよね。少しずつ慣れて行こう?」
本当の恐怖心に襲われた私は軽く頷いた。
その後何事もなかったかの様にクラス全員で移動教室についての話し合いをした。
私はクラスに馴染みながらも上の空で、前の席の飯田さんの背中ばかり見ている。
「ね~千南ちゃんは伊豆のどこ行きたい?」
「え?」
ふいに名前を呼ばれて慌てて黒板を見たら、伊豆の行きたいとこについていくつか候補が上がっていた。
「あ、えっと……あの自転車の国とかかな?」
「お、やっぱりそうだよね♪私も自転車の国行きたい!!」
「私も♪」
「俺も行きて―」
皆から賛成の声が上がり、学級委員の村井君は大きく声を上げた。
「では、一日目は班での自由行動。二日目に自転車の国へ行き、最終日三日目に海にて遊ぶと言うことで良いですか?」
「賛成~!!」
一致団結して決まった。
班はくじ引きで決めることにし、私は幸恵ちゃんに手を引かれひいた。
運が強いのか弱いのか、私達の班は個性的な班になった。
黒板に書き込まれていく名前を見て思った。
3班
・佐々木怜 ・月島星也
・立川智一 ・新崎幸恵
・相原千南 ・飯田咲枝
あれ…月島君って誰だろう…?
見知らぬ名前に私は疑問を抱いたまま、その日の学校生活が終わった。
「ふぅ…」
家に帰るなりベッドに横たわり、今日の学校での出来事を思い返していた。
一人の子をターゲットとしたクラス内でのイジメ
しかしその生徒達は先生達からの人望は厚いか…
どうしよう
どうしたら良い?
「ねぇ…ゆき」
独り言のように呟くと、自然に涙が出て来た。
「私また怖くて逃げたの。こんな姿あなたが見たらなんて言うかな…」
あの時のゆきの顔が頭に過ぎる
笑いながらも泣いていた
「ありがとう」
と言ってくれた―
「助けたい…けどまたあの時みたいになったら…ッ~」
なんで泣いているのか分からない。
でも自然と次々と涙が出て来た。
「言えば良かった…。何も言えなくてごめんね。」
独り言のように呟いて
ベッドに横たわり
また涙を流した―
「千南~!!折りたたみ傘持ってけ~」
玄関を出ようと靴を履いていた私は、ちぃ兄に言われて慌てて振り返った。
「うんっ」
ちぃ兄から傘を受け取ると、走って学校に向かった。
「行って来ます!」
今日は移動教室の日。
二年生の集合場所は学校になって居て、そこからバスにて伊豆に行く。
携帯を見ながら時間を確認する。
普段は持ち歩き禁止だが、移動教室の日は特別許可が下りてる。私はもともと持っていなかったが、他の子が持っているのと何かあると危険だということで親が買ってくれた。
そんな初めての携帯を嬉しい気持ちで見ながら、急ぎ足で学校へと向かった。
「あ、千南ちゃんおはよう♪」
「おせぇよ。」
幸恵ちゃんの明るい声と佐々木君の文句が同時にとんでくる。
「おはよう…ごめん。」
ちょっと憂鬱になりながらぎこちない笑顔を浮かべる。
バスの座席は班ごとになっている。
周りに居るメンバーを見た。
「あ…」
そこには初めて見る顔があった。
佐々木君、立川君と話してる綺麗な顔立ちだけど赤髪でちょっと怒ってる目つきの男の子。
「…何?」
がん見していたらしく、その男の子は不機嫌そうに問い掛けた。
「あ、いや……席順…どうする?」
とっさに出て来た言葉は席順のことだった。
「席順…?」
いかにも興味がなさそうないらついた表情で繰り返す。
「そういえばそうだな!今グッパーで決めちゃおうぜ♪」
立川君の提案で私達の班はグッパーをした。
「………」
「千南ちゃんと離れちゃったね~。」
幸恵ちゃんが後ろから残念そうに息を吐いた。
「そうだよね…。」
私は返事を返し、ちらりと隣の席を見た。そこには赤髪と相変わらずぶすっとした顔があった。
なんでよりによって月島君って言う人と…。
幸恵ちゃんか飯田さんの隣になることを願っていた反面軽くため息をつく。
でもせっかくだし何か話さないと…そうだ!!いじめのことについて聞いてみよう!
そう思い、一呼吸おいてからは月島君に話しかけた。
「ねぇ…月島君、伊豆楽しみだね♪」
まずはたわいない話からしていこうと話始めたが…
「別に。」
彼の一言で幕を閉じた。
「えっと…あの―」
「あんた意外と変化球で来るんだね。」
「…え?」
「ストレートに聞けば良いじゃん。イジメについてどう思うか。」
「それは…」
「自業自得だよ。」
「え…それって―」
「おい星也、お前もこっち来いよ。みんなでトランプやるぜ!」
繰り返し聞こうと思ったが、佐々木君の言葉に月島君は席を立ってしまった。
『自業自得』
確かに言った言葉が頭に残ったまま、ぼんやり変わりゆく外の景色を見ていた。