転校二日目。
桜が散りゆく5月半ば。
散ったピンク色の花びらを見ながら、考えていた。

『どうやったら、飯田さんと話せるかな?』

昨日クラスのほとんどの人とは会話を交わした。
転校初日ということもあるのか、周りに人が寄って来た。

しかし、飯田さんだけは違った。
休み時間になると本を読み始めるか、席を立ってしまうのだ。自分と話したくないのとも考えてしまう。

昨日屋上で会った時も、こっちから一方的に話してるだけだった。
そんなことを考えていたら学校に着いてしまった。

『まぁ…そのうち話せるようになるか。』

自分にそう言い聞かせ、教室のドアを開けようとした瞬間、違和感を感じた。

―教室の中が静か過ぎる―

昨日はあんなに騒いで声が聞こえず、一人一人が順番に喋ってる様だった。小さな声のため内容までは聞こえない。
しかしそれは前にも味わったことがある、半年前と同じ感じだった。

「この感じ…嫌な予感がする―」

ドアに手を伸ばした時―

「おはよう♪」

「!?」

驚いた顔のまま振り返ると担任の先生が手を振っていた。

「あ、おはよう…ございます。」

一気に気の抜けた私は、途切れ途切れ挨拶した。

「どうしたの?相原さん。そんなところに突っ立って。」

「あ、いえ…何でも。」

気が付くとあの違和感をどこかいった。
不審な想いのまま一日が始まった。


「では今日のHRは、夏休み中にある移動教室のグループ分けや行き先の場所決めをしたいと思います。」

6時間目のHR、担任の若松先生からの移動教室に?が付いている私がいた…。

「移動…教室?」

「あ、そっか相原さんは初めてよね。移動教室はね、ここの学校の行事の一つなの。簡単に言えば学習も兼ねたクラスの親睦旅行みたいなものね。」

「へぇ~。楽しそう♪」

先生は簡単に説明するとパンフレットを配りながら…再び詳しく説明し始めた。
その時、右隣りに座ってる女の子『新崎 幸恵(にいざき さちえ)』ちゃんが小声で話しかけて来た。

「でも千南ちゃん。学習って言ってもほとんど遊びなんだよ?」

「そうなの!?」

私の反応を聞いた左隣りに座ってる男の子『立川 智一(たちかわ ともかず)』君も口を開いた。

「そうそう。あ、去年は鎌倉&江の島行ったんだぜ♪」

「鎌倉と江の島!?」

「そこ!!先生の話聞く!」

「は~い…。」

先生に一喝言われ、私達三人は口を閉じた。

一通り説明が終わり、グループ決めの時、クラス委員の『西山 沙羅(にしやま さら)』ちゃんと『村井 正紀(むらい まさき)』君から提案があった。
「えっと…クラス委員から提案なのですが、グループ決めから、どこに行くかまで私達生徒で決めたいのですが…。」

「え?」

突然の提案に先生も他の生徒も、戸惑いを隠せないようだ。

「西山さん、村井君どうゆうこと?」

「はい。この移動教室はあくまで勉強です。なのでただ遊びに行くのではなく、グループをどうやって分けるか…クラスやグループで行く場所はどこにしようかなど時間も含めて僕達で考えさせて欲しいんです。」

「いくら勉強って言っても、先生が計画立てては勉強にならないと思うので。」

「確かに…そうかも。」

二人の意見にクラス中から賛成の声が上がった。
二人の熱い想いと、クラスの歓声に先生も一言返事で承知した様だ。
すべての意見がまとまったら、クラス委員の二人が計画書を職員室に持って来ることにして、先生は教室を後にした。

この時の私は知らなかった。
このクラスに違和感がまだ残っていたことを。

「じゃあ皆、準備は良い?」

沙羅ちゃんの掛け声と共に、クラス全員立ち上がった。
訳が分からない私を置いて、一つの席に集まった。私の前の席、飯田さんの席だ。

「…?」

静まりかえった教室を打ち消したのは、『佐々木 怜(ささき れい)』君の声だった。

「お前さ、本当うざいわ」

「!」

人の隙間から見えたのは、サイダーを飯田さんの頭にかけている佐々木君の姿だった。

ある人は「止めなよ」と言い
またある人は「もっとかけろ」と言う
しかし誰もが皆、笑っていた。

飯田さんは顔色一つ変えず、鞄から取り出したハンカチで拭いていた。
それはまるで、いつもの当たり前のような光景が広がっている様だった。

「………」

声に出せない気持ちを私は思っていた。
あの時と同じ様な感じ。
半年前と同じ様な感覚。

~一年前~ 中一の春

ふぅ…今日から中学生か、ちぃ兄と違って普通 の公立だけど勉強も部活も頑張らなくちゃ!!

「千南っち♪」

「きゃあ!?」

急に後ろから声をかけられてビックリした目先 には同小で友達の『風間 結衣(かざま ゆい)』と 『羽柴 琥珀(はしば こはく)』が居た。

「おはよ♪結衣に琥珀!!」

「同じクラスになれると良いね~♪」

「だよね!!あ、ゆきだ!!ゆき~おっはよん♪」

私達の目の前に歩いてた黒髪でショートヘア『 市川 ゆき(いちかわ ゆき)』だ。

「おはよ三人共♪」

私達四人は小学生からの仲良くグループだ。 とくにゆきとは近所がお隣り同士の、いわゆる 幼なじみだ。

「四人一緒になれると良いね~♪」

きゃっきゃっ話しながら私達は校庭に入って行 く。 これから始まる中学生の初めの一歩として…。

「あ、あった~!!」

なんと私達は四人揃ってB組の生徒になった。 初めは緊張した自己紹介なども、クラスの雰囲 気が良かったからかすぐに打ち解け…クラスの 子達とも仲良くなった。

そんな日々が大分過ぎた数ヶ月後の初夏。 少しずつ嫌な歯車が動き出していた。

それは少し前の日、ゆきの靴箱に一通の手紙が 入っていたことから始まった。

『好きです。もし良かったら今日の放課後、体 育館裏まで来て下さい。1-A斎藤』

「こ、これって…ラブレター!?」

「どうするのゆきりん!?」

「どうって…断るかな?好きでもないのに付き 合うのは、かえって失礼だもん。」

その言葉通りゆきは丁寧に断った。

しかしそれから、ゆきに嫌がらせが来る様にな った。

「これ…」

初めは靴捨てとかから始まった。 そのうちエスカレートしていき、水や飲み物を 頭からかけられたり、教科書を破られたりして いった。

犯人は分かっていた。 クラスで斎藤のことを好きなグループが居たか らだ。

しかし皆それぞれがそれを止めるのではなく、 逆に便乗している。 初め止めていた数人もやがては加害者になって いく。 周りの大人(先生)達も見知らふりをしている。

いつしかゆきの周りは敵だらけになっていた。

私がいつも教室に入るといつもの光景が目に入 った。

一卓の落書きとゴミだからけの机が廊下に出て 、「市川ゆき」と綺麗な字で書いてある教科書 やノートが切られたり、カッターでずたずたに されている。

当の本人は黙って机を戻し、落書きを消してい る。

私は一緒にはやっていない。しかし止めること もしないのは同罪だ。 それは自分でも分かっている。しかし上手く身 体が動かなかった。声も出なかった。

悔しい気持ちを残したまま、私は学校を出て家 に向かった。 すぐに自分の部屋にこもると自然と涙が溢れ出 てきた。

何も出来ない自分が悔しくて―

どうしたら良いか分からなくて―

その夜…夢を見た。

小学生の頃の夢。 そこには楽しく遊ぶ私達が居た。私の横にはゆ きも居て、一緒に笑って遊んでた。

とても幸せな顔…それは今とは正反対だ。

「ゆき!?」

朝、夢から覚めた私はある決意をしていた。

イジメを止めることは出来ない…けど一緒に居 ることなら出来る。 戦おう、ゆきと一緒に…もう一度幸せを掴みた いから!!

そして学校に行って実行したんだ。 放課後…いつも通り一人で帰るゆきに話しかけ た。

「一緒に帰ろう?」と―

その日から私達は二人の仲良しグループになっ た。

初めは笑ってくれないゆきもだんだん笑ってく れるようになった。

そのうち不思議なことにゆきの周りからは「イ ジメ」がなくなっていた。

こんなことならもっと早くからやれば良かった 。 そんなことを思っていた日から数日―。 ホッとしたからか私は熱にうなされていた。

「う~ん…。」

「千南。」

「ん?」

気が付くとちぃ兄が傍らに居た。

「母さんが買い物行くから、大人しくしてなさ いってさ。」

「うん。…ちぃ兄学校は?」

「今日は開校記念日で休み♪でも部活あるから どのみち今から行くんだ。」

「部活…あるんだ。」

「おぉ。大会近いし、休めないからさ。じゃあ 行って来るから、ゆっくり寝てろよ~!」

「ん、行ってら~。」

誰も居なくなってしまった。 そんなことを思いつつ大人しく寝てることにし 、目を閉じた。

「ゆき…大丈夫かな?」

そんなことを呟きながら。

―3日後―

久しぶりに登校した私は1番にゆきに話しかけ た。

「ゆき~おはよう♪」

「千南ちゃん♪おはよう!」

3日ぶりに見るゆきは笑顔で、3日前と全然変 わらなかった。

しかし私はまだ気が付かなかったんだ。 この時のゆきの変化に。

放課後、いつもみたいに帰ろうと話しかけた時 、「今日は用事あるから帰れない」と断られた 。 用事なら仕方ないと軽く受け流してた私は、帰 る前にトイレに寄ろうと廊下を歩いてた時だっ た。

「ゆき、聞いてんの!?」

この声…。 聞いたことある声だった。 私はふと気になり声のする方へ駆け寄った。 そこには信じられない光景が広がっていたんだ 。